トランス・ワールド

 Amazon Primeにあった表題作を視聴。映像からこの映画は明らかに低予算と分かりはする。有名俳優も出ていないし、大掛かりなセットもないし、森の中の掘っ立て小屋メインで3~4名の少人数でのみ話が進む。が、「金かけりゃいいって訳じゃない」を地で行く名作であった。
 まずは、ボニー&クライドめいたカップルがコンビニのレジスターを強盗するシーンから始まる。店員(ジェシー・ペリッツ)に銃を突きつけ、現金を奪った彼氏は満足して去るが、彼女のジョディ(サラ・パクストン)は満足せずに店員の背後にある金庫を開けろと拳銃で脅す。
 店員は恐れるでもなく「なんてみっともない人生を歩んでるんだ、そんなのでいいのか? 金庫を開けてやってもいいが、望むものは入ってないぞ?」と強気な態度。外の車から呼ぶ彼氏を無視し、ジョディは引き金を引く。
 次のシーンではうっそうとした森の中をさまよう、清楚な感じの女性サマンサ(キャサリン・ウォーターストン)が掘っ立て小屋を見つける。誰もいないことを確認すると、中に入って物色するがこれといって何もない。しかしピーナッツの袋を見つけたサマンサはそれをむさぼり食うが(丸一日なにも食べてなかった)、小屋の外から物音が聞こえる。
 慌てて隠れると、大きな斧を持った青年トム(スコット・イーストウッド=クリント・イーストウッドの息子らしい)が小屋に入って来てしばらくすると出ていく。このままでは危ないと、サマンサは小屋を出るが、外にいたトムと鉢合わせる。トムの手にはやはり大きな斧が。
 必死に逃げるサマンサだが、足場の悪い森でこけてしまい、足を怪我する。近づくトムは「大丈夫かい、手当するよ」とサマンサを抱き上げ、小屋へと連れ込む。
 恐れながらも「旦那と旅行中にガス欠で車が停止し、助けを探しにいった旦那の帰りが遅いので探しに出た」と自身の状況を説明する。それを聞いたトムもこの部屋の住人ではなく、四日前に車の事故で溝に落ち、この部屋に避難しに来たとのことで森の中で遭難した二人というのが分かる。
 電話もなければトイレもない小屋だが、日が落ちると氷点下5度まで下がるために、部屋を抜けだすのは得策ではないと二人は一夜を小屋で明かす(サマンサはベッド、トムは床とそういった発展はない)。そこでサマンサが妊娠中であるとかも分かる。
 翌朝、小屋を出て脱出の手段を探しに行ったトムと、部屋で待機するサマンサ。しかし小屋の外で物音を聞いたサマンサは恐々と外を覗く。すると行き倒れの女性がいた。サマンサはもちろん知らないが、その女性は強盗犯のジョディであり、彼氏に置いてきぼりにされて森をさ迷っていたのだ。
 基本はこの三名のやりとりで話が進む。存外に良い奴のトムと両家のお嬢様然としたサマンサは比較的早い段階で馴染むが、口が悪く態度も失礼なジョディとトムはしょっちゅう言い合い、サマンサもジョディをたしなめるが聞く耳持たずに逃げ出そうとしたり(しかしすぐ戻って来る)。

ーーこれよりネタバレあります。この映画、ネタバレせずに観た方が絶対にいいので、未視聴の方は読まない方がいいです。損しますーー

 実はこの映画の凄いところが、この彼ら三人だけのやりとりで交わされる会話が後に続くすべてのヒントであったり、伏線になっていたりするところ。本当にただの罵り合いですら、後々繋がってくる。
 例えば、周囲の散策から帰ったトムが小屋の中にいるジョディを見つけ「誰だお前」と聞くと、口の悪いジョディも応酬。「いいぜ、出ていけよ。その変わりその古臭い上着は置いていけ。妊婦のサマンサに着させるから」と言い返す。それを受けたジョディが「あんたの後学のために教えてやるよ、この服は買ったばかりの新品なんだよ!」と返す。これ、ただの口喧嘩にしか見えないシーンなんだけど、あとで繋がってくる。
 翌朝、またトムが散策にでかけるとサマンサとジョディが些細なことで言い合いに。出発地点と目標の途中から、自らはニュー・ハンプシャーに居るというサマンサに、それはありえない自分の出発地点と目標からするとここはウィスコンシンだと、広大なアメリカ大陸では到底不可解な話に。お互いに相手がおかしいと帰って来たサムに聞くと、サムはニューハンプシャーでもウィスコンシンでもなく、これも他の二人からすると到底ありえない地名を告げる。
 なんやかんやで諍いながらも意味不明なこの地から三人で脱出しようと小屋を出ると、途中で地上に扉があるのを見つける。開けて中に入ると、古い防空壕のようで、缶詰の豆やソーセージ、ワインなどが置かれていた。しかしラベルは全てドイツ語で書かれており、戦争で亡くなったというサマンサの父親がドイツ人だったため、サマンサのみが中身を確認できる状態。
 それ以外にも、これもドイツの古い地図が壁に貼られていて、それを見たサマンサは「二十年は経ってそうね」というと、ジョディが「五十年くらいはいってるんじゃないと」と軽口。缶詰を見つけたことで、ひとまずは緊急だった食料問題は回避できたため、彼らの間にも少しづつ仲間意識が芽生え始めていた。
 しかし、どれだけ離れても最後には小屋に戻ってくる状態で彼らの脱出はかなわず。ひとまず缶詰とワインを飲みながら小屋で夜を過ごし、お嬢様然としたサマンサと、犯罪者のジョディは似ても似つかないが、共通点として「父親を戦争で失っている」などがあり、彼らもだいぶんと打ち解ける。
 仲良くなったジョディにサマンサが散策途中にポケットから落ちた札束を見せてと頼む。それは彼氏と強盗しまくった金でありジョディは悪びれず「母親は出産と同時に死んで、父親もほどなく戦争で亡くした。父型の祖父・祖母に育てられたが、ひどい暮らしだった。だからわたしは持ってる奴らから奪うんだ」と告白するも、サマンサは信じない。
 なぜなら「だってこのお金、1984年って書いてるじゃない。未来の日付のお金なんてないわよ」と、また驚愕の言葉が。驚いたジョディがサマンサに「父親は何の戦争で亡くした」と聞くと、当たり前のように「第二次世界大戦に決まってるじゃない」との返答。ジョディの父親は「ベトナム戦争」で亡くなっており、ここでも齟齬が。
 お互いがお互いの今思う年代を言うと、サマンサは1962年、ジョディは1984年と二十年もの開きが。用を足しに行っていたトムに、二人が「今は何年と思う?」と聞くと、トムはからかわれてるのか訝りながら「2011年に決まってるだろう」と返す。彼らは位置だけではなく、年代すら大きく乖離した場所から一カ所にあつまっていたのだ。
※初対面のときトムがジョディに「古臭い服」と言ったのはまさにその年代の乖離で、デザインが古臭いという意味だった。また防空壕でサマンサが「20年は経ってそう」にジョディが「50年じゃない」と返したのも、サマンサからすると20年前の地図だが、ジョディからしたら50年前の地図だから。こういった具合に会話の節々でこの事態のヒントをばらまいていた。

 そこにナチスの軍服を着た軍人が絡んで来ることで、彼らは何者で、なぜここに集められたのかが如実に分かるようになっていく。
 

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