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まだ知らない言葉に出会うために

私は一冊の本に決まった読み方があるとは思っていない。作り手の思惑なんて無視して、読者の方それぞれが好き勝手に楽しんでくれるのが理想なのだ。だから、私のつくる本の多くは書店ごとに置かれている棚がちがったり、読者層もバラバラだったりする。

明日、発売日を迎える『言の葉連想辞典』も、まさに何通りもの読み方・使い方ができる本だ。しかし、そういう本は時に「どんな本なのか分からない」と思われてしまうこともある。だから、今回はこの本のテーマのひとつでもある「言葉との出会い」について、書いてみることにする。

「語彙力」よりも「伝え方」で決まる時代


「あなたは語彙力に自信がありますか?」と訊かれて、迷いなく頷ける人は少ないのではないだろうか。言葉に触れる機会が多い仕事をしているけれど、言葉を知っているのと、言葉を使いこなせるのはまた別の話。私も決して語彙力に自信があるわけではない。

下手したら今の時代、殊に会話においては、語彙力なんて必要ないのかもしれない。「ヤバい」とか「スゴい」とか、必要最小限の武器さえ持っていれば、あとは会話の間や表情、声色などの「伝え方」次第でどうにかなる。

ただし、それだけでは相手の情緒にまで訴えかけるために、少し不十分なときもある。「こんなとき、もう少し強い武器を持っていれば……」と悔やみつつ、結局、妥協して「スゴい」という言葉を使っている自分がいるのだ。

だからこそ、言葉を巧みにあやつることのできる、美しいワードセンスを持った人に出会うと、憧れを抱くもの。「ここでこの言葉を使ってきたかー」と、内心、ドキドキしてしまう。

「言葉選び」は人生を映す鏡


言葉選びには使う人の個性が出るのも面白いところ。職業や性別など、立場の違いももちろんあるが、それよりも、今までに「どんな本を読んできたか」「どんな映画を見てきたか」「どんなことを勉強してきたか」「どんな人に囲まれてきたか」といった、その人が育ってきた環境、ひいては人生そのものが見え隠れするのが、言葉選びだと思っている。

たとえば初対面の人と会話をしていると、聞き慣れない言葉が飛び込んでくることがある。もちろん、意味は知っているし、たぶん文章を書く中で一度くらいは使ったことがあるかもしれないが、自分やその周りにいる人たちの「普段づかい」の言葉には含まれていないものだから、新鮮に感じるのだ。

他にも、「そういえばこの人、この言葉よく使ってるな」という、相手の癖に気づけたときも嬉しくなる。そして、そこから、相手の育ってきた環境や人生なんかを、少しだけ妄想してみたりするのも楽しいものだ(こんなことを書いてしまうと、今後私と会う人が喋りづらくなるのでは、という恐れがあるが)。

言葉は共有するもの。辞書に載っている言葉は、すべてみんなのものだ。誰でも好きに使うことができる。言葉選びとは、その中からどんな言葉を選ぶかというセンスの問題で、会話や文章はそれらの言葉を各々の好きなパターンで組み合わせているに過ぎない。

だから、見たり聞いたりした中で、気に入った言葉はどんどん真似して使ってみるのがいいし、使っていくうちに少しずつ自分に馴染んでいって、いつか自然と使えるようになるはずだ。

でも、知らない言葉を使うことはできない


前述のように初対面の人と会話をしたり、普段読まない作家の本を読んだりと、言葉は自ら求めに行かなければなかなか出会うきっかけがない。「言葉選び」や「美しい言葉」を主題にした本はいくつか出ているけれど、「よし、新しい言葉を覚えるぞ」というノリで読み始めるのではなくて、もっと自然な形で言葉との出会いを果たせる本があればいいなと常々思っていた。

今回制作した『言の葉連想辞典』は、そんな「言葉との出会い」を意識した本だ。各見開きに「海」「空」「恋」「儚」など漢字一文字のテーマを設定し、各テーマごとに8つ前後の語句を紹介している。さらに、それぞれのテーマにあわいさんのイラストを掲載。一枚一枚がどれも一つの作品として成立しているくらい繊細で美しく、細かいところまでじっくりと眺めて、色んな発見ができるイラストばかり。

「氷」のページ。ひんやりする言葉とキュートなイラスト。


イラストをきっかけに新しい言葉を知ることができたり、逆に言葉を知った上でより深くイラストを味わうことができたり、読み返すたびに表情を変え、何度も楽しめる本になっていると思う。

この本の使い方はもちろん自由なのだけれど、知識をつけたいとかスキルアップしたいとか、そういう目的は一旦置いておいて、まずは思うままにページをめくってみて欲しい。ときめくような言葉との出会いがみなさんに訪れますように。

(文・望月竜馬)

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