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老婆 : #「街クジラ」


「街クジラ、に行きますよ。」
引っ越し業者らしい三人のアンドロイドが、ドアを開けるとそう言った。

そう言えば…。
100歳を超えた一人暮らしの人たちが、街クジラに住むことになると聞いた事がある。

「何の通知もありませんでしたが…。」

「ネットの広報で知らせていましたよ。僕らは依頼を受けただけなんで。」

そう言えば、何かお知らせが点滅していたような…。
戸惑う家主をよそに、あっという間に荷物はまとめられ、

「こちらに乗ってください。」

と、チョロQのような車に乗せられた。
チョロQは勝手に街クジラに運んでいく。
話し相手もいないから、暫く見ることもなかった町を眺めていると、チョロQが話出す。

「今日は天気も良くて、ドライブ日和ですね。」

チョロQと話すのは初めてだ。
とりあえず返事してみるか。

「私はねぇ、雨の日が好きなの。」

「それは残念ですねぇ。仕方ないですから、晴れの日の景色も楽しんでみてください。」

「もう町にお店は数えるくらいしかないのね。」

「そうですねぇ。もう、店頭販売される方は殆どいないのではないでしょうか。」

「もう混雑する人々を見ることもないのねぇ。人々は、どこに行ったのかしら?」

「今は、自然が多い所が人気なので、森や川や海の傍にいるでしょう。」

何だかチョロQが、人間のように思えて来た。
こんな風に会話したのは久しぶりだ。
膝が痛くて外に出るのも減っていたし、訪ねて来る人もいなかったから。
みんなお話しロボットを持っていたけど、老人にはとても高くて買えるものじゃない。

海が見えて来るとチョロQは、

「そろそろ着きますよ。あの丘の上です。海を毎日眺められます。」

「あの丘、鯨みたいね。」

「だから街クジラなんですよ。鯨の背中に町があるみたいでしょ?」

私の家よりずっと素敵だ。
毎日、表情を変える海を見てすごそう…そう思った。


平屋の大きな建物に着くとチョロQは、

「お疲れ様でした。到着しました。」

と、ドアを開け、本当にただのチョロQになり帰って行った。

もう、荷物は既に届いていて、アンドロイドが「こちらです」と、出迎えて部屋まで案内してくれる。
残念だけど、部屋から海は見られない。でも、ロビーに海を眺めに行けばいい。

他の人たちの姿はなくて、

「他の方たちは?」

と、アンドロイドに聞いてみたら、

「皆さん、お部屋にいらっしゃいます。」

と言う。
視界に入るのは働くアンドロイドだけ。
それでも、家で一人暮らししていた時はアンドロイドもいなかったから、話し相手が出来ただけマシだと思う。

「時々、膝が痛くなるの。そんな時はどうしたらいいの?」

「こちらのセンサーに手をかざして頂ければ伺います。」

アンドロイドが優しいトーンで答える。

アンドロイドなら、何をお願いしても文句は言わなそうだ。
でも、出来ることはしなくちゃね。

アンドロイドが去ったので、早速ロビーに行くと、とても痩せた女性がいた。
100歳越えると、みんな骨と皮になっちゃうんだ。そう言う私も骨と皮…そう思うと、脱皮して、脱皮して、別の生き物になった気もする。

「初めまして。今日、ここに来たんです。」

「あら、初めまして。よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。海を見てらっしゃったんですか?」

「そうなんです。ずーっと見ていても飽きない。台風の時なんか壮観ですよ。」

「私も、海が見たくて…。」


痩せこけた老婆二人で海を眺めた。


「私たち、街クジラに住む、鯨みたいですね。」

「本当に。」

特別楽しい訳ではないけれど、そう返事して笑ってしまった。
そして、

「ここが、姥捨山…なんて名前でなくてよかった。」

と、また笑い合った。








二作も書いてしまいました。
ルール違反?
…でしたらごめんなさい。

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