マガジンのカバー画像

ちいさな、ちいさな、みじかいお話。

199
短編小説を掲載しています。 https://furumachi.link
運営しているクリエイター

2017年6月の記事一覧

『短編小説』第15回 少なくとも俺はそのとき /全17回

『短編小説』第15回 少なくとも俺はそのとき /全17回

「よく来るんですか?ここ」
「うん、よく来るね。週に二、三回」
「通ってますね」
「そうですね。通ってますね」
トントン、と進む会話にどこか居心地の良さを覚えた。きっと彼女とのやりとりだけじゃない、この店の雰囲気も、俺の好みに合っているのだろう。
「それより」
彼女はジョッキに注がれいるビールをカウンターの上にドンと置いてから、ゆっくりと話し始めた。
「佐伯さんはどうしてこんなところで働いてるの?

もっとみる
『短編小説』第14回 少なくとも俺はそのとき /全17回

『短編小説』第14回 少なくとも俺はそのとき /全17回

 既に夜は更けている。飲み屋街に入っても、いくつかの店は既に閉まっていたし、人もまばらだ。既に出来上がった人間が路上に横たわり、甲高い声を上げ次の居どころを探す輩もいた。いつも若い女の子と仕事をしているが、こうして若い女の子と街中を歩くのは随分と久し振りだったせいか、どこに視線をやったらいいのかよく分からない。いやそれだけじゃない、こうして飲み屋のひしめく夜の街を歩くの自体が久し振りだった。こんな

もっとみる
『短編小説』第13回 少なくとも俺はそのとき /全17回

『短編小説』第13回 少なくとも俺はそのとき /全17回

「ああ、いえ。なんででしょうかね……」
「私もさ、ここに来る前ちょっと名の知れた会社にいたの。それなりに勉強してさ、就活も頑張ってさ、やっと入れたところだったんだよね。……だけどこうだもん。こんな簡単に辞めちゃう。しかも風俗やってるなんて自分でも笑っちゃう」
「……そうですかねぇ?」
「そうだよ。佐伯さんはもしかしたら私の気持ち分かるかもしれないけどさ、普通に考えたらアホだよね、アホ」
アホ、とい

もっとみる
『短編小説』第12回 少なくとも俺はそのとき /全17回

『短編小説』第12回 少なくとも俺はそのとき /全17回

「じゃ、よろしく~」
閉店後、俺が車で女の子を待っていると、彼女はその車に乗って来た。深夜二時半。「如月未来」という源氏名の彼女はうちの店で一番人気の女の子だった。確かに可愛らしい顔をしていたけれど、うちの店で一番なのかと言われるとそうでもないような気がした。何より、彼女はリピート率が高い。ってことはきっと、お客に対する応対が上手なのだろう。
「あ、えっと如月さんって中野でしたっけ?」
「そうそう

もっとみる
『短編小説』第11回 少なくとも俺はそのとき /全17回

『短編小説』第11回 少なくとも俺はそのとき /全17回

 パソコンの画面に映し出される、デフォルメされた姿、形、輪郭、表情は、決して実写では表現ならないものだった。いくら頬を赤くしようが、表情を豊かにしようが、やっぱりそこに人間の温かみなんてこれっぽっちも感じられない。平面上に映る、表面なだけの女の子。奥行きのない薄っぺらい女の子。人間のいらないとされる無駄を省き、良いところを更に、人の願望に合うように作られた偽物。それなのに俺はそんな薄っぺらい女の子

もっとみる
『短編小説』第10回 少なくとも俺はそのとき /全17回

『短編小説』第10回 少なくとも俺はそのとき /全17回

「そうか、お前が父親か……」
と頭の中に浮かんだフレーズをそのまま口に出して言うと、
「なんだよ。悔しいってか」
と彼は言った。
「別に悔しいって訳じゃないけどさ、なんかな、もやもやすんだよ、この辺が」
そう言いながら胸のあたりで右手をぐるぐると回す。
「俺だってな、努力したよ。そう簡単に出来るもんじゃなかったな、結婚は。ましてや子供まで」
彼がどんな努力をしたのか、もちろん俺には知る由もなかった

もっとみる
『短編小説』第9回 少なくとも俺はそのとき /全17回

『短編小説』第9回 少なくとも俺はそのとき /全17回

   *

 こんな話を元同僚であるやつにするつもりはない。それでもやつは俺にやたらと聞いてきた。きっとやつが聞きたいのはその彼女とどうして別れたのかではなく、俺が会社を辞めたことと何か関係があるんじゃないかと思っているからなのだろう。やつは、俺が何の相談もなしに会社を辞めたことを相当根に持っているように見えた。もちろん相談する義務なんてなかったが、同僚として、それなりに仲は良かったんじゃないかと

もっとみる
『短編小説』第8回 少なくとも俺はそのとき /全17回

『短編小説』第8回 少なくとも俺はそのとき /全17回

 しばらくして、俺は会社を辞めていた。これが真幸によるものなのか、風俗に通っていたことなのか、自分という生き物に幻滅したせいなのか、理由は定かじゃない。ただ俺は風俗で働き始めた頃、もう風俗に通ってはいなかった。長い風俗通いの中で、今の自分に必要なものではないとようやく気付いてしまったからなのだろう。もしかしたら真幸を忘れるためにも、俺は会社を辞めたのかもしれない。同じ会社に勤めていたら、ふとした瞬

もっとみる
『短編小説』第7回 少なくとも俺はそのとき /全17回

『短編小説』第7回 少なくとも俺はそのとき /全17回

 別れようと言われた時、俺は少しだけ自分に幻滅もした。
「佐伯君、私たちさ別れようか。それでさ別の人生を歩もう」
事務的な口調で言う真幸に、俺は何も言い返せない。心は傷付き、落ち込みもした。それなのに、それが大きなショックではないと自分では分かっていたのだった。平穏な同棲生活を送り、いずれは結婚するんじゃないかって思ってた人が突然自分の近くからいなくなってしまう。そこには間違いなく寂しさがあるはず

もっとみる
『短編小説』第6回 少なくとも俺はそのとき /全17回

『短編小説』第6回 少なくとも俺はそのとき /全17回

   *

 思い返せば「一緒に住まない?」なんて言い出したのだって真幸だったし、「私、佐伯君が好きかも」と唐突に言ったのも真幸だった。俺はどこか一歩引いて彼女のことを見ていたように思うし、そうやって自分が傷付くことから逃れていたようにも思う。主導権はいつだって彼女にあった。だから「別れよう」って言えるのだって俺じゃなくて真幸が言うことが正しいのかもしれない。
「佐伯君はさ、今、生きてて楽しいーっ

もっとみる
『短編小説』第5回 少なくとも俺はそのとき /全17回

『短編小説』第5回 少なくとも俺はそのとき /全17回

「普通さ、辞めねーよな。あんなにでかい会社。しかもそれで、風俗で働くなんてよ」
まあ彼の言うことはよく分かる。どちらが上とか下とかそういう問題じゃないけど、確かに俺の選択は一般的でないのだろうということくらいの察しは付いた。
「そんでしかも、こっちからいくら連絡したって出てくれないし。……何があったんだよ、お前」
はぁー……。一体俺には何があったのか、そんなの俺にだって分からない。それがもし分かっ

もっとみる
『短編小説』第4回 少なくとも俺はそのとき /全17回

『短編小説』第4回 少なくとも俺はそのとき /全17回

「ところで佐伯さぁ、仕事どうなのよ?」
旧友に会ったのは実に三年振りだった。もう会わないと決めていたやつで、以前関係が途切れそうになっていた時にしきりに連絡をくれていたが、俺はそれをしきりに断り続けた。あるようなないような適当な理由を付けては、ただただこいつから離れようと思っていた。
 そんなやつと俺は今一緒にいる。時間というものは実に恐ろしい。自分が持っていた気持ちなんていとも簡単に変えてしまう

もっとみる