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長編小説『because』 84

 でんぱちの力を借りて、やっとの思いで立ち上がった時、私の携帯が鳴った。彼の友達であるあの人がいない今、そんな携帯の相手が誰であろうとどうでもよかったし私はその電話に応える気なんてなかったのに、でんぱちがしきりに「おい、携帯鳴ってるぞ」と言うものだから、私はしょうがなくポケットから携帯を取り出し、相手が誰なのかも確認せずに通話ボタンを押した。
「あ……お久しぶりです」
その自信なさげな声、懐かしくも感じるけど、全く知らない人のような声でもあった。
「美知ちゃん?」
久しぶりなんて言葉を掛けられても、私には美知が全然久しぶりという言葉に見合うだけの間離れていたようには感じられなかった。だって、私が会社を辞めたのはつい一週間前の事で、体中にはまだ会社に行っていた頃の余韻がこびり付いているというのに。
「あ、そうです。お久しぶりです」
美知はまたその言葉を繰り返し、自分から電話を掛けてきたくせに、なぜか私の言葉を待っているような、そんな受け身の体勢を取っている。
「うん。久しぶり」
私は私が受け身である事を主張するかのように「久しぶり」と思ってもない事を言って、相手に言葉を委ねた。案の定そのあと数秒の沈黙が続き、私はその間も息を止める程静かに、美知の次の言葉を待っていた。今美知と話している時間なんてないのにと思いつつも、自分から電話を切ってしまう事ができそうにない。なぜだか、美知と電話が繋がっている時間が私の心を少し穏やかにしてくれている。
「あの……」
「何?」
「彼氏、見つかりましたか?」
やっと出てきたその言葉は美知が本当に私に聞きたかった事なのだろうか。それが美知は本当に気になっているのだろうか。そう考えを巡らせていると、時間は自然と流れていて、自分の問いかけに答えが返ってこない美知は不安になり
「あの……ごめんなさい」
と続けて言った。

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