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「直感」文学 *未来の玉*

 私は過去の遺物。
「過去ではなく、未来に生きないと」
そう言ったのは母。私より過去に生まれ、長く生きているはずの母は私を見てそう言ったのだった。
 私はただ、現在にあるものより過去の産物に憧れを抱くだけ。そこに憧れを抱いたところで、別に何の不自由もない、誰に迷惑をかける訳でもないし、私自身だってそれに納得しているのだからいい。
「置いていかれるわ、未来を見ないと。過去に縋るってことは、自らが死を選ぶようなもの」
だって最近は〝リバイバル〟なんて銘打ったものが巷を騒がせているじゃない?新しいものが受けられなくなって、過去の産物を再構成し、当時の人たちに訴えかけようとしている。
 それなのに母は、未来を見ろって言うの?皆、昔を栄光になんとか縋ろうとしているのに?
「いつか、いつかはそんなものも終わるわ。だって人生は常に前にしか進んでいない。後ろに進むことは絶対にないんだもの。……分かるかしら?私はあなたに少しでも長く生きていて欲しいからそう言うのよ」
分からない、とまでは言わないけど、私が昔のもの、例えばラジオとかレコードとか、そういったものに趣向を傾けることに何の罪があるのだろう。
「悪いとは言わない。でも、きっと、もっと先には、もっともっと面白いものがあるはずよ。まだ創られていないもの、未来を象徴するようなもの、そういったものは、過去の〝物〟よりも優れた〝物〟であるはずだから」
母はそう言いながら、私に一つ、小さな玉を渡した。親指と人差し指でつまめるくらいの、小さな玉。
「これが何だか分かるかしら?……これは、〝知識〟なの。これを体に入れ込むことによって、何もしなくても、一瞬でたくさんの知識を得ることができる。……未来ってこういうこと」
母はそう言いながらも、少し悲しげだった。
「これが正しいことなのか、間違ったことなのか、今の私には分からない。だけど、研究者として、私は常に前だけを見ないといけない。……そして多分、いつかはその未来も当たり前になってしまうのかもしれない」
私はその玉を見つめながら、その母の悲しき想いを親指と人差し指のその間に描こうとした。

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