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「直感」文学 *乾かない洗濯物*

「ああもう!全然乾かないよ!」
彼女の声が耳を叩く。苛立ちのこもった刺々しいその声を他所で聞きながら、「ああ、そう」なんて軽く答えた。
「もうほんと梅雨って嫌い!早く終わって欲しい!」
おいおい、梅雨入りを発表したのは昨日だぞ?……なんてことは間違っても言わない。というか言えない。そんなことを言ったって彼女の怒りを助長させるだけだし、僕はできるだけ平穏に生きていきたいと願う平和主義者なのだ。
「コインランドリーでも行く?」
「ええー、それも面倒よね。雨降ってるし」
「……ああ、そうだね」
さっき部屋の中に干されたばかりの洗濯物は、当たり前だけどまだびちょびちょに濡れていた。これが乾くのはいつになるだろう。……なんて別に僕はさほど気にしてはいない。まあ大きな物干し竿のせいで部屋が少し狭くなるのは好ましいことではなかったけど、問題といえばそれくらいなもんだ。
「ねえ」
「え?」
「行ってきてよ」
「え?行く?」
「コインランドリー」
「ああ……」
ああ、と言った瞬間に僕は思い出す。昨年、いや、一昨年だってそうだ。僕はこの時期やたらとコインランドリーで乾燥機を回すハメになるのだ。それはいつも決まって彼女の「ねえ」という言葉から始まって、僕がその洗濯物を乾かして家に帰ってくるまで、ひたすらに言われ続ける言葉でもある。
「ああ、うん。分かったよ」
「え?ほんとー?ありがとう!」
と言っている最中からさっき干したばかりの洗濯物をまとめている。
「それじゃ、よろしくね!」
笑顔の彼女が憎らしい。
 僕はびちょびちょに濡れて重くなった衣類を担ぎ、家のすぐ近くにあるコインランドリーまで傘をさして向かっていった。

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