落としたのはある風景の中で

『短編連載』そのソファ 第4回/全10回

 中は薄暗く、古びた家具がいくつか並んでいる。日中で、しかもショーウインドウがあるというのに、これだけ店内に明かりが入ってこないのが不思議だ。おそらく、入り口付近に置かれた大きく古びた化粧台が光の入り口を塞(ふさ)いでいるのだろう。
「いらっしゃい」
年老いた女性が僕たちに声をかけた。店内は僕たちだけだ、もちろん他に人なんて誰もいない。もちろんなんて言うのは、そう言わせるような雰囲気がそのお店にはあったからだ。決して入りやすいお店ではない。
「このソファいいですね」
カナはその女性にそう言った。
「ああ、それは結構古いんですよ」
「古いのに、とても奇麗です」
「ええ、なぜだか割れないんです」
「割れない?」
「皮ってね、普通は時間が経つと劣化してひびが入ってしまうんですよ」
「ああ、なんだか分かります。それは品質の良い皮でも同じなんですか?」
「ええ、どんな皮も天然のものですから。いずれは劣化します」
女性はとてもゆっくりと声を出した。一音一音を大切にするような喋り方に思えた。

※短編集『落としたのはある風景の中で』より
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