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長編小説『because』 86

諸々の事情がどうであれ、私は何に分かったのかも分かっていないまま「分かったわよ」と言って美知の自信を取り戻そうと努めている。それはほとんど無意識的というか、一連の流れのように感じられる。
「はい」
と少しだけ自信を取り戻した美知の声が携帯から聞こえる。この声も何度も聞いた。これを聞くと、全てが美知の思い通りに進んでいて、私が彼女を勇気付けているのではなく、最初から彼女に操られているのではないかと思ってしまう。
「今どこにいるの?」
「駅の近くです」
「分かったわ。少し時間がかかると思うけど、今から向かうから」
私は気付かぬ内にそう話していた。まるで美知が私の喉の奥に手を突っ込み、その言葉を無理矢理に引っ張りだしたかのような、美知にとって都合のいい言葉だった。
 電話を切った私に、この時を待っていたかのようにでんぱちが話し掛けてくる。
「おい、これからどっか行くのか?」
「ええ。駅の方まで」
「おいおい、ここの家はもういいのかよ」
「だって……誰もいないじゃない。どうしようもないから……」
「なんだよ、せっかく教えてやったのに」
「だから、結局誰もいないんだから、今私たちに出来る事はないじゃない」
「ここでもうちょっと待ってみるとか、そういう事は出来るだろう?」
「いつ帰ってくるかも分からない人を待っているなんて嫌よ」
でんぱちが睨むような目つきで私を見ていた。私はそれに歯向かうように自分の目を逸らさず、そのままの目をでんぱちに返している。
「まあ、いい。元々俺には関係のない事だ」
「だから、最初から関係ないって言っているじゃない」
でんぱちの目がまた私に向けられ、私はその目の圧力に耐えながらも、必死に抵抗していた。
「俺は帰るからよ」
一瞬だけ「待ってよ」と言いそうになった。言いそうになった瞬間に私の理性が働き、その言葉をなんとか堰き止める。堰き止めた後に、これを言わなくてよかったと心から安心する。
「まあ、彼探し頑張れよ」
そう言い残したでんぱちが先にエレベーターに乗り込み、私を残したまま先に下に降りていった。

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