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長編小説『because』 83

「それにも……」
五分も待って、やっと届いたその弱々しい言葉に私は落胆の色を隠せずにいる。もたれ掛けたままの頭に力を入れ、彼の胸に圧力をかけた。
「理由が必要かな?」
そう言った彼はなんだか満足そうな心持ちで、私は彼の言葉の中から、その満足の色を見出した。それがまた私を落胆させ、小さな不満の塊が私の中でふつふつと息を始めたのを感じ、それを押さえ込むように言葉を発した。
「理由なんてないって、そういう事?」
「うん」
「私は……」
「うん」
「それじゃ、納得できないかも……」
「じゃあ、どうすれば納得してもらえるの?」
「それを聞くの?」
「俺が先に質問をしたんだよ」
「分かったわよ。でも、どうしたら納得出来るのか私にも分からないのよ。私は私自身が納得したいのかどうかも分かっていないから……」
「それは……」
「なに?」
「答えになっているのかな?」
「答えになっているのかどうかも分からない。それ以前に質問の意味も分かってない」
「沙苗さんが始めた話でしょう?」
「うん、そう。私が始めたこの話を、なぜ私は始めたのか分かってないの」
「やっぱり今日はなんか変だよ沙苗さん。何かあったの?」
彼の優しい声が、今までのやり取りを全部消してしまいそうになる。せっかくここまで話す事ができたのに、全てが泡のようにボロボロと溢れていってしまいそうだった。
「……何もない」
結局私はそう言ってしまい、それら全ての話にピリオドを打った。話を始めたのが私なら、終わらせたのも私だった。何一つ答えなど出ていない、空虚な言葉を交わしただけで、途中空白の訪れた五分が、これらの会話を含めた全てに当てはめてしまえそうな気がする。ここまでのやり取りは全てなかったもののように扱えるけど、少なからず時間だけは経過していた。

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