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長編小説『because』 72

「ここよ」
私とでんぱちは、この辺りには珍しい高層マンションのある部屋のドアの前に立っていた。この街のシンボルであるのかと思える程に高い建物は、真四角に空に向かってそびえ立っている。高いと言っても、階数で言えば十二階にあたる高さで、この街ほど周りに低い建物ばかり並んでいなかったら、これほどまでの存在感はないだろう。

ただ一つ言えるであろう事は、この周辺では間違いなく家賃の一位、二位を争う物件であるという事だった。まだ新築の匂いが残る敷地内にある駐車場にはやたらと高級車が並んでいて、建物の周りには嫌みなくらいに植物が植えられている。あたかも緑を作りましたというような雰囲気なのに、ここに住んでいる人たちはそれを本当の自然として楽しんでいるのだろうか。

「かー、俺こんな所初めてきたよ」

でんぱちの服装、顔にはどうしたってこのスタイリッシュで洗練された建物が似合わない。ずっとこの中をうろうろしていたら、不審者として通報されてしまうのではないかと私は少し心配だった。

さっきエレベーターで一緒に乗り合わせたここの住人だと思われる人はでんぱちの事をあたかも怪しげな人物のように扱っていたし、さっき通路ですれ違った人も、でんぱちの事を二度見直し、その場を早足で離れて行った。そんなでんぱちと一緒に歩いている私の事はどう見えているのだろう。そういう考えが一瞬浮かんだけど、それがきっとよくない方向にしか進まない疑問だと気付き、それ以上考える事をやめた。エレベーターは最上階の十二階につき、音をたててドアが開いた。十二階からはこの街が簡単に一望でき、私と彼の住んでいるアパートも見え、ここまでは結構距離があるはずなのに、そこから見る限りでは随分と近くに感じられる。

さっきまでいた商店街の賑わいは、そこからは見る事も、雑多とした人の会話も届かない。じっと佇んでいる静かな商店街がそこにあるだけだった。私が先に歩き、でんぱちが後に付いた。その人の家の前で止まる。表札はなく、ネームプレートを掲げる所には、ここに住む前からそうなっていたのであろう空白が張り付いていた。

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