長編小説『becase』 8

 そう考えると、溜まりに溜まった彼の不満が、もう限界を迎え、そして私一人残して家を出て行った、と考える事ができる。そういった明確な理由があったなら、今彼が消えてしまった現実にもうちょっと落ち着いて対応できる事だろう。でもそうとも思えない。彼の不満が溜まりに溜まっていたとはどうも思えないのだ。人の気持ちなんてもちろん分かるはずもない。

 私にとって彼が他人である事は、もうどうしようもない現実な訳で、私が彼になる事も、彼が私になる事も出来るはずがない。だけど、彼の気持ちをほんの少しだけど、掴んであげる事、それくらいは私にだってできる。そうやって私の手がほんの少し掴んだ彼の気持ちには、溜まりに溜まった不満なんて全然感じられる事がない。だから、それが理由ではないと私は思っている。思っている、確実に。そんな事は理由ではないのだ。

 いろいろと考えを巡らせた所で、やっぱり彼が突然消えてしまった現実が変わる事はなかった。もちろん最初から分かっていたはずなのに、それでも私は彼が消えてしまった理由をあれこれと考え、そして彼が今私の隣にいない現実を少しでも緩和できるようにと努めていた。私が考えうる事は全て彼が消えた理由になるような気がしたし、そんな些細な事で彼が消えてしまう訳がないと思う事もできた。結局何の救いにもならず、私の隣に居続ける一人である事の気持ちは、そのままずっとそこにいたままだった。

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ちいさな、ちいさな、みじかいお話。

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