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たとえこの先、どれだけ大きな代償と引き換えになっても

2014年9月。

『TOKYO STARTUP GATEWAY』
セミファイナリストに選ばれた。

80人から半分以上が落とされて、
34人が生き残ったようだ。

わたしの事業プランを鼻で笑った、
東大だかの学生は、もういない。
鼻で笑う気にもならない。


次の審査では、
ファイナリスト10名が選ばれる。

450人のうち10人。

狭き門だが関係ない。全員抜くと決めている。
いま34位なら、あと33人抜くだけだ。


このタイミングで、
『TOKYO〜(以下『TSG』)』から
「メンタリングデイ」という
謎のイベントに召集された。

先輩起業家が、セミファイナリストたちに
助言をくれるらしい。


もし「メンタリングデイ」がなかったら。

おそらくわたしは、
事業を立ち上げられていなかっただろう。


わたしのメンターには、
PIXTAの古俣社長がついて下さった。

口には出さないが、今もわたしは、
古俣社長を心の中で「先生」と呼んでいる。

心の師だ。


正直に言う。
この日まで「たぶんできない」と思っていた。

どれだけすばらしい事業プランを描いて、
ビジネスコンテストで勝ち進んでも、
所詮は机上の空論にすぎない。

事業を立ち上げなければ。

理想を求めて、
コンテストに応募したのはいいものの、
実際にサービスを立ち上げる
「手段」がわからない。

手探りで進もうにも、
伸ばした手の指先さえ見えないし、
何かに触れる手応えもない。

わたしの場合は、
もはや、戻る場所もない。

やるせない暗闇の中、できることと言えば、
体育座りで空想に耽けるくらいのことだ。

立ち上げられない事業プランなんて、
こんな感じの、ファンタジーだと思う。


闇のなかで、
自分勝手な妄想に浸るわたしに、この日、
足もとを照らすたいまつが与えられた。

わたしがこの日、与えられたものは、
まぎれもなく「手段」のヒントだった。

開発とは。ファイナンスとは。
起業とは。

縫製業界から、
Webサービスという未知に挑む、
丸ハダカのわたしに、
「こんぼう」と「ぬののふく」を
着せてくれたのは、間違いなく、
古俣先生だ。

「メンタリングデイ」から
いまに至るまで、
古俣先生には何度も何度も
助けていただいている。

「手段」だけでなく、
資金、そしてなによりも精神面を。

お金がなくなって、心が折れそうになって、
死にそうになっている時も、
古俣先生は、必ずこう言ってくれる。

「あきらめさえしなければ、
 絶対なんとかなります!」

そうだ。
起業家は絶対に、あきらめちゃダメなんだ。

ああ…古俣先生からいただいているものは、
たいまつじゃなかった。

真っ暗闇で、足もとさえ見えないままでも、
それでも、恐怖を振り払って
一歩を踏み出すための

勇気だ。

そのおかげで、今日も生き延びている。
もう一度、戦える。


『TSG』ファイナリスト10人に生き残った。

2014年11月。
決勝大会のプレゼン審査に挑む。

ここまで来たら、あと9人。
絶対に抜く。

サービス名も決まった。
縫ってもらうから、【nutte】だ。

【nutte】のリリースは
2015年2月に決まった。

これから3ヶ月で立ち上げる。


リリースに向けて、決勝大会で勝ちたい。
何としても。

優勝したら賞金も出る。
立ち上げる会社の資本金にしたい。
もちろん認知も期待できる。

PIXTAの会議室をお借りして、
古俣先生にプレゼンを見ていただいた。

何度も何度もスライドをブラッシュアップした。


決勝大会が1週間後に迫った日の夜、
ついに嫁から、離婚届を突きつけられた。

覚悟はしていた。もう、ダメだ。
泣きながら判を押した。

これでもう、年明けにも嫁は出ていく。
わたしは家族と仕事を同時に失う。

それでも、判を押してすぐに、
泣きながらパソコンに向かった。

スライドをつくり続けた。

ああ、
俺にはもう本当に、nutteしかない。

勝つ。
勝たせろ。

たとえこの先、
どんな犠牲を払っても構わない。

もうこの先、一生 孤独でいい。

持っているものがあるなら、
ぜんぶ引き換えにしてくれていい。

この間までガラケーだった俺だ。
ネットの世界で、タダで勝てるなんて
思っちゃいない。


縫製職人の事前登録を始めた。

ネットの掲示板で
【nutte】のリリースを告知した。

驚いたことに、わずか数日で、
100名近くの職人から応募が集まった。

俺と同じような境遇にある人が、
サービスに期待してくれている。

勇気をもらった。
未来のイメージが湧く。

ああ…未来だ。未来がほしい。

このクソみたいな人生に
塗りたくるような憎しみに
誇りの持てない、みじめな仕事に
未来をよこせ。

まともに食えない、縫製の仕事に
夢をみせてくれ。

もう俺には来なくてもいい。

次の世代に、未来をくれ。
希望をよこせ。夢をみせろ。


残りの人生、ぜんぶやるから、
いま、俺を勝たせろ。


2014年11月16日。
運命の、決勝大会当日を迎える。


(つづく)

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