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旅のはじまりは、後ろ向きで漕ぎ出したボートのように

2014年11月16日。
『TOKYO STARTUP GATEWAY』決勝。

丸ビルホールという施設で、
数百人の観覧客を迎えてのプレゼン審査だ。

ピッチコンペ。
数百人を収容する会場。

高尾山のふもとの自宅アトリエで、
黙々と生きてきたわたしには想像が及ばない、
未体験の戦場。

これから、この茫漠とした空間で、
数百人を前にしたピッチに挑む。

数百人。

噛みそうな気がする。
恐怖で下を向きそうになる。
胸焼けがする。
脇の下がぐっしょりと濡れる。
体が内側から冷えていく。


『TSG』は、今回初めて催された
ビジネスコンテストだ。

起業の世界でどういうポジションにあるのか
わたしには分からない。

ただ、優勝できたとしても、
有力なメディアに大きく取り上げられて、
事業が大きく進む、
なんていうことは、たぶんない。
それは分かる。

賞金は喉から手が出るほど欲しい。
ただ、それ以上に大きなものは
勝っても恐らく得られないだろう。


そんなことはどうでもいい。
負けていい理由など、どこにもないのだ。

負けた記憶は、一生残る。

今日も、そしてこれからも、
目の前の勝負をひとつひとつ、
勝つ。

ネットの世界を知らないからといって、
歳を食っているからといって、
負けていい理由にはならない。

言い訳できる逃げ道を残したら、
負けた記憶は、逃げた記憶になる。

自分のすべてを費やして挑み、
正しく負けたのであれば、
負けた記憶はいつか、
逃げなかった記憶に変わる。

負けたことを受け入れて、
敗北の味を噛み締めて、
逃げなかった記憶を幾重にも積み重ねて、
やっとひとつ、自負が生まれる。

だから、負けるなら、
もしも負けてしまうなら、
その時は、顔からすべり込んで、
泥水にまみれて、それでも手が届かなくて、
みっともなく負けるのだ。

明日、勝つために。


今日のピッチも、
自分のすべてを費やして挑んだ。

そして、ものの見事に敗北した。

優勝どころか、
優秀賞やらオーディエンス賞やら
なんらかの賞にも、カスりもしない、
文字通りの敗北だ。

「ああしていれば」とか
「こうだったから」とか
後悔できる すき間もなく、
屠殺されるように負けた。

優勝にこだわったが、
ただの「ファイナリスト」で終わった。

つまり負けだ。

どういうわけか、このコンテストでは、
決勝大会の登壇者は、
お揃いのポロシャツを着せられる。

『TSG 2014』のサイトでは、
お揃いを着せられたわたしが
引きつったアホ面で敗北にまみれている。

負け犬のツラをみっともなく
ぶら下げてやがる。


その後のことは、うる覚えだ。

打ち上げがあった気がする。
八重洲あたりに場所を移した、
立食の交流会だったかも知れない。

なんでもいい。

負けたので、とにかく早く
その場から逃げたかった。

最後までその場にいたかどうかも
覚えていない。
気がつくと、京橋あたりを歩いていた。

京橋から、中央通りを抜けて新橋へ。
浜松町を過ぎて、田町あたりへ。

まっすぐの道を、ひとりぼっちで
まっすぐ歩いた。


負け犬には、行き先もない。
帰っても、別れた嫁がまだいるだけだ。

夜の闇は、濃いほどいい。
泣いていたと思う。

ああ、これから、きっとこれからも、
おびただしい数の負けを繰り返すのだ。

うんざりするほど、負けを重ねて、
苦しみは絶え間なく続いて、
ひとりぼっちで泣きながら、
夜道をさまようこともあるだろう。

今夜のように。


それでも
何も持っていなかったわたしに、
やっとひとつ、役目が与えられた。

わたしの役目は、つなぐこと。
縫製職人の技術を、つなぐことだ。

それを求める人に。

そして、次の世代に。
明日に。
未来につなぐのだ。


『TSG』を経て、仲間を得た。
年明け早々には【nutte】がリリースされる。

自分がそれをやりたいか、
やりたくないかは、どうでもいい。

使命。

社会から与えられた使命。
きっとそれを「仕事」というのだ。
そう信じて。

いまはまだ、そうではなくても、
これが、これこそが、
自分に与えられた使命だと
信じられるようになるまで。

それまで、何度負けを繰り返しても、
終わらない試練の旅は続いていく。

だから、
今がどれだけみじめでも、
未来がどれだけ暗く見えても、
生きる意味を見失っても、
あきらめなければ、絶対になんとかなる。

絶え間ない苦しみの向こうに、
きっと、夢の世界が広がっている。


そう言い聞かせて、
兎にも角にも、漕ぎ出した。

月の明かりを背に受けて、
遠ざかる岸辺を見つめながら。

ボートがどれだけ軋んでも、
底に穴が開こうとも、きっともう戻れない。
転覆したら、ただでは済まない。

櫂が重い。
波に押されて、蛇行する。
思うようには進めない。

岸は遠く、小さくなる。
水は足りるのか。食料は。

遠ざかる。見えなくなる。
暗い。
もう、引き返せない。


進もう。

行方が見えない恐怖に、
体が冷えて硬くなっても。
櫂の重みがどれだけ辛くても。

この暗い海にも、
いつかきっと、日が登る。

明日が来るとき、新しい未来が始まる。

明日は来る!



(第一部、完)

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