フリーランスで働く親たち向けの保育園をつくりたい! - #保育園をつくろう プロジェクトのこれから

子どもが生まれて、3ヶ月が経った。

わが家はツマが育休を1年取り、僕は働き続けるという形態を選んだので、ほとんど昼間はツマに子どもを任せることになるのだけど、これまで何度か(まだ数えるほどだが)、在宅ワークにして、ツマは用事やリフレッシュで不在、という日をつくった。


家で作業をしていると、短いときには1時間や30分置きに、子どものことを「ちゃんと見る」必要のある時間が発生する。泣いたのをあやしたり、お腹が空いたらミルクをあげたり、そのあとは寝かしつけ、あとはもちろん、オムツ替え。

当然子ども最優先で対応するものだから、在宅でやっていた作業や連絡は中断せざるを得ない。子どもが寝たり落ち着いたりして、やれやれと戻ってきても、子どものタイミングで「次」はやってくるので、まとまった作業時間をどれだけとれるかはわからない。せいぜい1時間、2時間とれれば幸運な方だろう。メール連絡等、片手スマホで子どもを抱きながらできる作業もあるが、原稿執筆や企画書作成など、「作る」系の仕事はそうはいかない。結局、重要な仕事は進まず、細切れ業務だけ片付けて一日を終えることに。

…繰り返すが、もちろん子どもが泣いたら子ども最優先である。それはわかっている。しかし…それは仕事が重要ではないということを意味しない。子どもと仕事、両方に呼びたてられながら細切れでタスクを「処理」しているような時間というのは、やはりあまり気持ちの良いものではない。

子どもにもツマにも仕事相手にも、なんだか全方位3分の1ずつ気後れする感じ。

もちろん、僕がこういう時間を経験したのはまだ数えるほどの日数で、集中して働こうと思えば、たいていは子どもをツマにお願いしてオフィスに行ける境遇にある。

だけど、わずかな日数でも経験して思った。これが日常化しているフリーランスの親たちは、どんなに大変だろうと。フリーで働きながら親になるということは、こんなループを毎日経験するということなのか…と。

そんなわけで本記事のタイトルです。フリーランスその他、失業・休業中、大学生・大学院生etc. いまの認可保育園への「保活」制度ではどうしても不利な立場になってしまう人たち向けの、保育園をつくりたいと思います。


#保育園をつくろう プロジェクトのフォーカスを定めましたという報告

本記事は、新米パパが勢いで「保育園を作ろう」と思い立ってスタートした #保育園をつくろう プロジェクトの進捗とこれからのご報告です。これまでの経緯は以下のマガジンから↓

3/4(日)@CAMPFIREオフィスでのキックオフ会ののち、3/18(日)にPJTミーティングを行いました。保育に対する知見やプロジェクト立ち上げ・進行の専門性等のあるメンバーに個別に声かけをして、6人でのスモールミーティングです。

以下のキックオフ会レポートにあるように、僕のnoteに対して本当に多くの方が関心を持ってくださり、色々なアイデアを寄せてくださいました。

足りないのは、つくりたいのは、子育てに対する「余裕」じゃないか、ということが、キックオフの場で見えてきたことでした。

3/18のスモールMTGでは、より具体的に、どんな人たちの、何を解決するための場をつくるのか、このプロジェクトのフォーカスを絞り、今後の走り方の大枠を見出すことを目的とし、議論を行いました(生ログに近いブログもそのうちアップすると思います)。

そこでの議論の結果クリアになったのは、

・大きくスケールすることではなく、手触り感の持てる必要十分なスモールさでDIY起業的にやっていく、というプロジェクトのスタンス

・行政による保育制度の網の目からあぶれる人たち…具体的にはフリーランス、失業・休業、大学生パパママのための保育園をつくろうという、受益者像

の2点です。

以下ではそう考えるに至った経緯をお話します。


働き方は「選べる」のに、保育園は「選べない」 それってどうなんだろう?


子どもが生まれてからの日々はあっという間で、やれ健診だ予防接種だ、お宮参りだお食い初めだと、イベントごとは怒涛の勢いで過ぎていきます。

一方で、小さな日常を一日単位で見てみると、僕は朝からしゃかりき働いて、昼間はツマにムスメのことをお願いして、夜はなるべく早く帰って子どもとの時間を確保する・ツマの負担を分散する…というのを可能な限り(十分立派にできているとは思わないけど)、とにかく毎日がんばる、という日々。

その間もムスメはムスメで、乳を飲んだりおしっこうんちしたり、お風呂に入ったり、すやすや眠ったりを繰り返しながら、1週間2週間、1ヶ月2ヶ月…と時間が経つにつれて着実に成長していきます。

この年度末は特に忙しく、だいぶ疲労困憊だったものの、それでもキャッキャとはしゃぐムスメの顔を見ると、あぁ、幸せだなぁとか思ったりするわけです。


そういう風にして、仕事も家庭も、連続性のある毎日を僕たちは生きている。

それなのにいきなり、「そういうものです」「大変なんです」という脅しと共に、急にドーンと「保活」がやってくるんですよ。これ、なんか変だなって。

なんか、地域ごとに競争の激しさも選定基準も違う。色々聞いてみても、共通して出てくる情報は「大変らしい」ということだけ。

「都心で認可に入ろうと思ったら、夫婦共働きで、実家が遠くて援助が受けられない、それでようやくスタート地点よ」って、こないだ言われたりしました。ふえー。

わが家の場合、オットである自分は働き続けること、ツマは1年間育休を取ることを選びました(同じ会社に勤め、大学院にも通っていました)。これは、時代がどうとか男女観がどうではなくて、わが家の2人の選択としてやったこと。そのなかで一緒に育てていこうということになった。なので、それ自体にあんまり議論や葛藤の余地はうちの場合なかったと思います。

働き方も暮らし方も、子育てに対するかかわりかたも、基本的には夫婦で、家族で、自分たちの状況や優先順位に合わせてオーダーメイドで決めていけるのが良いと思います。社会全体を見ても、少なくとも最近、「働き方」に関しては、だいぶ柔軟性と自由度が上がってきているのではないかなと感じます。

なのに、こと「保育」の話になると、急に制度や地域の側に主導権があって、こちらが振り回されているような様相を見せる。これがなんだか、しっくりこなかった。


自分が何を食べて、何を着るか、消費財は自分のすきなものを「選べる」のに、人生の結構大事なタームで「選べない」というこの不自由さは、いったいなんなんだろう。

何も無限の選択肢がほしいわけじゃない。パーフェクトに高度・高級なサービスがほしいというわけでもない。ただ、「納得して選んでいる」感覚を持てるぐらいには、幅のある選択肢がほしいよなぁ、って、思う。

保育というものに対して、自分がどう向き合い、どう関われるのか、逆に、ツマや保育士さんや、友人や、地域の人や…周囲の他者にどんな協力や分担をしていくのか、決めるんだったら、ちゃんと考えて決めたい。

点数の高い低い、入れてもらえるもらえない、の結果があって、それに合わせるんじゃなくて、自分の責任と納得感をセットにして、そうやって、選びたい。

要は、ちゃんと手触り感を持って「保活」をやりたいんだ、というのがひとりの父親としての僕の「ニーズ」なのだと思う。


つくりたいのは、手触り感のあるオルタナティブ。既存の制度の網の目からこぼれる人たち(僕もそうなるかもしれない)を救いたい


はじまりが、上記のような自分の素朴な疑問や問題意識からのプロジェクトです。だから、その手触り感を持ったまま進めること、なおかつ実現性のある、必要十分なスケールであることが大事だと考えました。

利用者の経済的負担の小ささだけを考えれば認可は魅力的な選択肢でしょう。だけど、現状、都心の保活状況全体を見ると、ただでさえ激しい競争状況のなかに、僕が認可保育園をひとつ増やしたところで、全体に対して与える影響はたかがしれています。また、まだ時間はかかりそうですが、認可保育園の数自体は増えつつあって、マクロには改善傾向にあると、23区全部の保育園事情を調べて保活をした先輩メンバーの一人が教えてくれました。

マクロな環境自体を変えにいく量的解決より、自分にとって「納得感の持てる選択肢を作りたい」という思いが強い。言ってみれば、自分の「エゴ」が起点のプロジェクトです。
しっくりこないなぁ、という感覚に対して「フィットするなあ」を手作りしてみよう、という心持ち。

で、自分のこの実体験を起点もくもくとアンテナを広げてみると、同じように「しっくりこないなぁ」の状況に陥っている人は、案外いるのではないかと思いました。

僕は現在、フルタイムで会社勤めしつつ、兼業も自由にやらせてもらっている立場なのですが、仕事柄、友人たちにはフリーランスの人が比較的多い方です。

で、同世代の彼らの様子を見ていると、だいたいとっても、忙しい。

保活のポイント制ゲームのなかでは、フリーランスの人たちは不利になってしまう。簡単に言えば、「家が事務所なんだから、家で仕事しながら子ども見れるでしょ、自分たちでやってよ」って、そういう風にみなされる。

でも、身体ひとつで働いているフリーランスの人にとって、組織で働く以上に自分の稼働時間の代替って効きにくいわけで、なくなった時間はそのまま収入減につながりかねない。

「子どもより仕事なのか?」とかそういう精神論ではなくて、子どもを育てていくためにお金を稼ぐ時間が必要なのに、子どもを見ているからお金を稼げないって、それはかなり辛い。困っている度合いで言うと会社員の人たちより大変かもしれない。


別に、仕事だけやって親の責任を放棄したいというわけではない。そうではなくて「余裕」が足りないという話で、負担を分散していきたい。それは、保育園だけでなく、家族とか地域とか、色んなネットワークで、状況に合わせて柔軟に対応できるのが理想なんだろうけど、少なくとも「保育園」という場が重要な頼れるリソースの一つであることは間違いなくって。

でもそれが、フリーランスとか、失業・休業中とか、大学通ってて子ども生まれたとか、今の制度があまり「想定していないモデル」の家族にとっては、「選べる」「頼れる」選択肢になりえていないというのは、どうにかしたいなぁ、と思うわけです。


全ての人は救えないけど、保育の場を「自分でつくる」ことが、現実的な選択肢となるぐらいの知見は残したい


ということで、プロジェクトのフォーカスもクリアにり、素敵なメンバーも集まってきたので、うまくチーム体制をつくりながら進めていきたいと思います。

なんとなく「認可ではなかろう」という予感はしていますが、まだ具体的な運営形態や場所等々は決まっていないので…これから詰めていきます。1年後をめどに何らかの形にしたいと思います。

今回の #保育園をつくろう プロジェクトでは、保活に悩む人たちすべてを救うことは、当然できません。だけど、ひとつのモデルを示すことはできるんじゃないかな、と思っています。

これから保育園を作るまでの過程で、自分が見て、考えて、やっていったことは、可能な限りオープンにして、公共値としてみんなに共有していきたいと思います。今後同じようなことを、別の境遇、別の地域でやりたいという人が動けるように。

対象がフリーランスじゃなくて、「夜の仕事をする人たちのための保育園」とか「出張がめちゃめちゃ多い人たちのための保育園」とか、制度の網の目を埋めるプロジェクトがどんどん生まれていけばいい。その「ひな形」というか、思考と行動のフレームぐらいは提供できるといいな、なんて。


そんな感じで近況報告でした。

言い出しっぺの僕が年度末進行に追われて死んでおりましたが、打ち上げ花火に終わらないように、地道に丁寧にやっていきます。

かしこ

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Yuhei Suzuki

保育園をつくろう

働き方は「選べる」のに、保育園は「選べない」 それってどうなんだろう? 既存の制度の網の目からこぼれる人たちを救えるような、手触り感のあるオルタナティブをつくりたい。 #保育園をつくろう プロジェクトは、ムスメが生まれて保活に直面した新米パパとその仲間たちが、わが子と家...
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コメント2件

保活の選べない感、わかるなぁ。
人生であんなに自分の無力感を感じたのは初めてかもしれなかった。
ステキです。もしこれが広がれば口喧嘩する夫婦も減って子育て・家庭内教育もよくなると思います。「子どもを見るのは親。当たり前」という意見は子育てに関わった事のない人、もしくは我慢してきた人でしょう。どちらにせよこれらの意見は前を向いていません。Suzukiさんの気づきは素晴らしい。
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