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オタクと推し対談~オタクside~



《もくじ》
・はじめに
・人物紹介
・開始
・ファン100人より石油王1人
・見てもらえないのはいないのと同じ
・おわり

・はじめに

こんにちは。みなさんは推しさんが思っていることってわかりますか?
私はわからない…

しかし最近グッズのデザインやnoteでの活動を続けるにつれて「もしかしてこれは推しの気持ちなのでは…?」と思うことが増えてきました。

そこで、今回はそんな「推しの気持ちなのでは…?」をもっと発見すべく、創作的な活動をしている私とそれを買ってくれる人で疑似的に推しとオタクとして話し合ってみようじゃないか、という企画になっております!

話し合いはスカイプにて行い、録音したものを文として書き起こします。

たとえ話や単語が使えないものばかりだったので会話文ではなく私が要約してまとめた文になるのでご注意ください。


・人物紹介

この企画を進行すると同時に推しでもある私、ゆうひま

基本創作活動ではゆうひまと名乗っているが、ゆうさんとしか呼ばれない。
普段は声優のオタク。
鳥さんからの褒めや他のオタクからの評価の高さに戸惑い色々と考えるうちにこの企画を思いついた。


今回この企画に付き合ってくれたオタクことアホ鳥さん

普段は財満健太さんのオタクとして日々愛を吐き出している。
通称鳥さん。
私のデザインしたスマホカバーを2つ買い、記事には購入やサポート、宣伝をしてくれる等お金をかけるタイプのオタク。


・開始

まず最初にブロガーとしての鳥さんからの疑問がありつつ、そこから答えるところから始まりました。

それも面白い会話でしたが、こちらには推しとオタクの考え方の違いについてわかる会話のみピックアップしていきます。

基本的に質問は鳥さんから、答えるのは私(ゆうひま)となっています。


・オタク100人より石油王1人

まず私(ゆうひま)がオタクから作り手側へ回ったことに関し、感じ方、考え方が変わったところについて。

Q.見方が変わったところは?
A.自分が思っているところと実際褒めてもらえるところが違う。
 自分で価値を理解できないところにも価値をつけてもらえて「自分てそういうところに価値があるんだ…」と思う。
Q.意図してないところで感想を貰えるのはうれしい?
A.「へぇ~」と思う。
 価値観や人の見かたはそれぞれなので。
 感想を送ってくれるというアクションを起こしてくれたこと自体がまずうれしい。

これね、ほんとにびっくりでした。
私がオタク側の視点でずっと「もっと価値があるのになんでそんなに自信がないの?」って思っていたことが、いままさに推し側として起こっているんです。

だって褒められることって人生でそう無いじゃないですか。
なのに褒められるどころかお金までもらえる。
これってすごいどころじゃないですよ。ほんとに。


Q.お金払うオタクと払わないオタクについてどう思う?
A.その人から見た価値がそうなんだなと思うだけ。
Q.お金を払わずに宣伝だけするオタクは?
A.いいんじゃない?宣伝によって金払うオタクに見てもらえる可能性がある
Q.オタクにランク付けはある?
A.ランクじゃないけど優先度は変わる。買う人に向けて作ってるので。

推しから見たオタクの印象についてですね。
私はもともと自己評価が低いというのもあり、自分のことが好きと言ってくれる人に複雑な気持ちがあります。
それでも実際の行動としてお金を払うということをしてもらえると、もはやお金の使い道を他人にどうこう言うことはできないので、「そっかあ、この金額分の価値は感じてもらえたのか…」と思います。
宣伝無料の記事だけを読んでくださる方に関しては、時間を割いて私の記事を読んでくれるんだな、と思います。それ以上はないです。

A.一部のオタクが他のオタクを排除し始めたらどう思う?
Q.100人のオタクより1人の石油王なので、そのぶんのお金を払ってくれるならそれでいい。

これが問題の石油王ですね。
まず前提としてこんなことが起こるほど私はビッグコンテンツではないし、一部のオタクはその他のオタクのぶんまでお金を払うことはできません。
石油王ではないので。
私もオタクなので、たまにオタク同士でそういう動きがあるのはわかりますし、自分自身も「私が石油王だったらなあ…」と思うことがあります。
他のオタクを排除されたら宣伝しても無駄だし、なにを発信しても受け取ってもらえなくなってしまうのは虚しいですね。
もし自分以外の人間に推しを見てほしくない、という気持ちになったら、自分だけで推しを支えられる経済力を身に着ける努力をするのもいいかもしれませんね。推しは虚しい気持ちになるだろうけど。


・見てもらえないのはいないのと同じ

こちらはオタクから推しへのアクションと推しからオタクへの感情についてです。
Q&A形式にはならなかった会話は要約しています。


ゆうさんの文章が読みたくて課金しました」が嬉しかった。
ストレートに言ってほしい。
買う人の意見のほうが重い。
買わない人から意見もらっても結局買わない人の意見でしかない。
私信について
あのオタクに向けてとかではなく、自然と寄ってしまう。
ふとした瞬間に頭に浮かぶ。
生活に身近な話をされると無意識にその話になってしまったりすると思う。
たとえばハーゲンダッツの味の話や値段=何個って話されたらその通り買うと思う。
鳥さん「推しの何気ない話が心に刺さるやつだ…そういう話しとけばよかったと思うもん…!

会話の中で出た私の言葉です。
オタクからのアクションはやはり行動が一番うれしいですね。
買う、言う、見る、押す、広める…
そういうことをしてくれる人が居なかったら私はすぐに活動をやめていたと思います。
アクションを起こす人のことは自然と覚えるし、好印象とか悪印象とか関係なく生活の中でふとした瞬間影響されているって感じですね。
ツイッターでフォロワーの好みはなんとなく覚えてるみたいなこと誰にでもあると思うんですけど、そういうことです。

長文短文感想の重みや感じ方について。
違いはないけど長文のほうが私信はしやすい。(情報が多いので)
長文は作品を透かして自分を見てくれているんだなと思う。
評価ポイントが違う
Q.いつも褒めてくれる人からの言葉は軽くなってしまう?
A.活動を続けてほしい気持ちがあって感想をくれるのはわかるので気持ちは受け取れていると思う。
感想を本人に伝えないオタクについて
見てもらえないのは居ないのと同じ。

感想についてですね。
いつも褒めてくれる人がいる一方、褒めてくれているらしいけど私には伝えない人もいるようです。
しかし私はその人のことを観測できないため、評価されていることを知りません。
いくら好きでいてくれても、私が「反応ないしもうやめるか…」となった時に「え~!好きだったのに!」と言われたら「そうだったの~!ごめんごめん!やっぱやめない!」って思いま……せん。「お前誰だよ」。
私が観測できないうちはいないのと同じです。シュレディンガーのお前です。
短文の感想は感想を送るというアクションを起こしてくれたことが嬉しいですし、長文は作品や記事を通して私のことまで考えてくれてるのかなと思います。情報量が多いとそれだけ伝わる気持ちも多いです。行間なんか読ませるな、お前が行間になるんだよ。


・おわり

とはいえ私は実際人前に立ってなにかするわけでもなく、相手は私と同じ立場のオタクです。
会話の中では「私はオタクだからどうしてそうするのかわかる」と何回も言いました。
お金を出す理由、感想を言う理由、宣伝をする理由…オタクって色々大変だもんよ…
ここらへんが理解できない推しさんにとっては過度の課金や称賛は怖いんじゃないかな。
一方で好きでも好きと言わない人もいることについては私はひたすらに「なんでや!?」です。
鳥さんは私にオタクがいっぱいついていると言いますが、私は実感がない。ただネットの海に放流している以上見ている人はいるのでそこに向かって発信はしています。でもその海に船は1隻2隻しか見えない。本当はステルス戦艦がいるらしいんですけど私からしたら閑散とした静かな海しか見えないわけです。
推しとオタクの最適な距離はどこなんだ。

さけるチーズおいしい!