フライドチキン。

みなさんの一番古い記憶は何ですか?

僕の誕生日は1月7日。

まだ世間は新年早々の雰囲気があったことだろう。

もちろん記憶はない。

僕の、一番古い記憶は

おそらく2歳の秋だ。

夕日を見ながら自宅そばを歩いている。

きっと買い物帰りだろう。

どこからか歌声が聞こえる。

僕はずっとこの歌を覚えていた。だいぶ後になって名前を知るのだが、

「本当にこの歌あったんだ」と思った。

『小さい秋』だった。

これが一番古い記憶。たぶん。

幼稚園の通い始めはよく覚えていない。

でも男子用(小便)トイレを使いたくなかったのは覚えている。先生(女の人)が男の子の真似をして用を足すしぐさをしてみせるのを見て、なんかへんなの、と思った。いくらなんでもと。なんで出してやってみせないの、と。

おべんとうを食べていても、今なにを食べているかなんていまいちぴんとこないもので、みんなたぶんそうだったんだろうと思う。隣の子なんて、これを口に入れるの?入れてどうするん、みたいな顔してるし。僕もよく分かんないんだ。

家で食べていることと、こうやっておべんとうを食べるのとは全然違うんだよ。そもそもが。だから僕らが今何をしてるかなんてよく分からないんだ。ぴんとこないんだよ。

おべんとうの食べ物を口に入れたとたん、口の中がひりひりして、なんじゃこれ、食べられんと思って残したことがあった。

家に帰ってしばらくして台所を覗いたら、母がその食べ残しを食べていた。母が僕に気づいて「食べる?」というしぐさをしたけれどそんな気分にはなれなかった。

冷凍食品のフライドチキンだった。

あのひりひりは黒コショウのせいか、と納得したのはだいぶ後になってからだ。

そんなもんなんだ。あのとき考えていることなんてそんなもんなんだと。

だけど、あのとき感じていたことは、今よりもずっとずっと深かったと思う。深くて繊細だった。

小便が飛び散ってるじゃないか、いいのか、これ。男子用トイレおおざっぱすぎるぞ。

いくらなんでも、口の中に入れたとたんこんな電気がびりびりするような食べ物、周りもゴムなんじゃないのこれ、食べれるわけないだろ、なんだこれ。ふらい、どチキン?どちきん。

きょうのおべんとうは、ごはん、ふりかけ、とまと、レタス、ほうれんそう、どちきん。

で、帰ってきてこうしているわけだけど、母が食べ残しを食べているのを見ても、そうなのか。あれはちゃんとした食べ物なのか。と思っただけで、あれ以来、おべんとうを残すことはしなくなった。

そんなもんなんだ、そんなもんなんだな、と。

ちょっとずつ安心するようになっていった。

そうして、おかあさん、おとうさん、せんせい、ということが分かった。

「おそと」とはたのしいところだと。「おそと」っていうんだよと誰かがおしえてくれた。何も気にせず、好きなだけあそんでいい。だけどずっとおそとにいるとだんだん怖くなる。帰る場所は、こうしてあそんでいるあいだも、ちゃんとあるのだろうか。せんせいはいるだろうか。ほんとうに気にしなくていいのだろうかと。

その年の冬、そろそろ僕もたんじょうびを迎えるらしいということが分かった。クリスマスのうた、というのを歌って過ごし、ただなにも分からず過ごした。

その年の暮れ、12月26日に母はこの世を去った。

~つづく~

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