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ロックバンドはヒーローになり得るか?

2023年に入って、徐々に日本にも感染症と共存していこうという動きが出てきているが、それは音楽の世界でも例外ではない。
多くのライブでマスク着用を条件にライブ中の声出しが認められるようになってきている。

個人的にはライブ中に隣でフルコーラス歌われたり、面白くもない歓声が飛ぶのが大嫌いなので声出し解禁もそこまで嬉しいニュースではなかったが、それでもコロナ禍のライブにはなかった楽しみ方がまた一つ増えるとポジティブに捉えるようにしていた。

そんな状況の中で僕が声出し解禁一発目のライブとして選んだのは、ハンブレッダーズ「ヤバすぎるワンマンツアー」の福岡公演。メジャーデビューとほぼ同時にコロナ禍に見舞われながらも、この3年間地道に、着実に力を付けてきた僕の大好きなバンドだ。

彼らの曲中にはシンガロングのパートも多く、コロナ禍にリリースされた曲でも明らかに観客に歌ってもらうことを意識したと推測できるものも数多くあった。
その曲たちが地道に付けてきた彼らの実力と嚙み合った時、どんな化学反応が起きるのか、大きな期待を持って臨むことにした。

(この先セットリストのネタバレあり)




3月25日、場所はZeep Fukuoka。以前の福岡でのライブと比較してキャパはおよそ6倍(約1500人)となったが、それでもソールドアウトさせたことに素直に驚いた。

開演前の注意喚起のアナウンスは木島(Dr.)が務め、時折噛んだりボケたりしながらもハイテンションで読み切り、すでに観客のボルテージはじりじりと上がり始めていた。

定刻の18時を過ぎ、SEと共にメンバーが入場するが、その表情は晴れやかで、足取りはいたって軽やかだった。このツアーを心の底から楽しみにしていたことが彼らの行動と言動の節々から滲み出ている。

SEをハイハットの4カウントで切り裂いて始めたのは、アルバム同様「起きろ!」。タイトルの通り、声を出してライブを見るという久々の経験を前に少し硬い雰囲気があった観客たちの目を強引に覚めさせる。サビの「起きろ!起きろ!起きろ!」というフレーズは観客である我々が歌うことによって、このライブに対して自身を鼓舞するようなオープニングテーマにも感じられた。

続けてでらし(Ba.)の高速スラップから「ワールドイズマイン」、久しぶりの「スクールマジシャンガール」、「いいね」とこれでもかと言わんばかりにシンガロングが多用された曲が続く。「ワールドイズマイン」ではムツムロ(Gt.Vo.)が、
「お前らに教えてやる、ギターソロの時は『イェーイ!!』って言うんだよ!」
と叫び、大歓声を浴びる。その後毎曲繰り広げられるド派手なukicaster(Gt.)(以下、「うきくん」)のギターソロにも「イェーイ!!」とか「フー!!」とかいう大歓声が飛ぶようになり、この一言で会場の空気が一変したと言っても差し支えないだろう。

入場の時からメンバーは上機嫌だったが、その良い精神状態が演奏にも良い影響を与え、好循環を生んでいるようだった。シンプルな構成の「再生」や「パーティーを抜け出して」も、各々のテクニックが光る「才能」も、バラードの「ファイナルボーイフレンド」も華麗に乗りこなしていく。

いくら良い精神状態でも、当の本人に洗練された技術がなければ先述した精神と演奏の好循環は生まれないが、当然この4人はその洗練された技術を持ち合わせている。
ライブ中盤には木島がドラムソロを披露。合間に某有名曲のイントロ(「完全感覚○○」とか、「シュガーソングと○○」とか)を忍ばせる遊び心たっぷりなソロを繰り広げれば、でらしは3本のベースを指弾き、ピック弾き、スラップと器用に弾き分けていく。
ハンブレッダーズの演奏の骨組みがしっかりと固まっているからこそ、かなり個性的でうねるうきくんのギターリフも、高音と低音を頻繁に行き来するムツムロのボーカルも安定してその上に乗ることが出来るのだ。

ライブが後半戦に差し掛かると、ムツムロが「ここから先はアガる曲しかありません」と告げ、さらに観客は大きな声で応える。ムツムロの言う通り、「アイラブユー」、「常識の範疇」と新旧のキラーチューンが共存する空間が生まれ、さらにその上を「ギター」が走り抜けていく。
「ギター」のサビのフレーズ、

錆びついたギターでぶっ壊す もう全部全部全部
あの日からずっと待っていた時が今来た
錆びついたギターでぶっ壊す もう全部全部全部
暗闇の中で微かな光を見た

というフレーズはまさに演者の立場と観客の立場を両方代弁したフレーズであっただろう。まるでストレスを発散するかのように叫んでいた観客の姿が印象的だった。

ピークを迎えても、まだ終わらない。うきくんが昨年秋に加入して初めて発表され、今後もライブの核を成していくであろう「光」、ムツムロが「お前らの人生のフルコーラス、俺がギター弾いてやるよ!」と叫んでからの「ヤバすぎるスピード」でいよいよ最高潮に達する。「光」の

ジャックパーセルを擦り減らした分 何パーセント軽くなれる?

の大合唱や、「ヤバすぎるスピード」のムツムロのタッピング、うきくんの爆速ギターソロでいよいよリミッターは消し飛んだ。もうこれ以上の盛り上がりはないと思ってこのまま本編は終わると感じたし、実際にここが本編中のボルテージのピークだったとは思う。

それでも、まだライブは続いた。ここまでの熱狂を落ち着けるように、一言一言をかみしめるように、「東京」を演奏。

「東京」で歌われている情景は眠らない街並みでもなければ、栄華を極めた人物の姿でもない。ただの日常的な生活の風景が素朴に描かれている。

ここまで観客を熱狂させてきた4人も、もちろん我々観客もただの人間で、ライブハウスを離れれば毎日普通に生活をしている。ムツムロはMCで、
「毎日きちんとスタジオへ向かったり、歌詞を書く喫茶店に毎日きちんと通ったりする、その道のりが大事だと思う」
「みなさんが明日からまた普通に生活してくれれば俺はそれでいいです」
と言っていたが、そういった飾らない姿を出すことが出来るからこそ、ムツムロの作った曲に共鳴する人が数多く現れるのだと感じる。

そういった普通の人間が音楽を賛美するような曲や、程よい距離感で道を照らすような曲を歌うからこそ、同じように普通の人間である我々に対する説得力も生じる。
ただ、我々と違うのは、彼らはバンドマンであり、ステージに立って楽器を鳴らせば、それだけで人々を救うヒーローにもなれるのだ。

彼らがライブの締めに選んだのは、「BGMになるなよ」と、「THE SONG」だった。ムツムロはMCで、
「どんなにしんどいことがあっても、イヤホンをしてくれれば君を17歳の頃に連れていける」
と話していたが、ハンブレッダーズの音楽には音楽が心の支えだった思春期の頃に戻れるような力がある。直接背中は押さないけれど、聞いた人が勝手に勇気をもらえるような、そんな力があるのだ。

愛と平和を歌っても相変わらずな世界で 
変わらず愛と平和を歌うのが僕の戦いさ

「BGMになるなよ」

目を背けたくなるようなこんな世の中で
目の前の君に優しくできるかが僕の戦いさ

「BGMになるなよ」

これっぽっちの文字数で 戦闘機よりも早く
絶好調にしてやる ヘッドフォンをしろ!

「THE SONG」


この日もいつものように冒頭で「スクールカーストの最底辺から青春を歌いに来ました、大阪ハンブレッダーズです」と挨拶していたが、彼らは普通の人間が楽器を手にすることでこんなにも輝くことが出来ると証明している。このライブを見て楽器を始める人もきっと多くいるだろう。それこそがバンドの持つ夢だと思う一方で、こうした輝きと普段の親しみやすさを併せ持つバンドだからこそ今多くの支持を得ているのだなと感じた。


アンコールは定番化しつつある「フェイバリットソング」でリスタート。でらしとうきくんが互いの楽器を交換し、でらしは滑らかにギターを弾くもうきくんはベースが全然弾けずフロアの爆笑を搔っ攫う。そんな中でらしは「やっぱベースの方が楽しい!!」と主張するも、ステージ上では絶対に喋らないうきくんは何も反論ができないという面白状況でライブが再開。

物販紹介のMCを挟み、一番声出しでやりたかった曲と称して「DAY DREAM BEAT」を演奏。この曲を聴きながら登下校、または通勤をしていた人も数多くいただろうし、(僕もそう)曲名のコールでは大歓声が起きた。大サビ前のコーラスも今日一番の声量で、本編と同様の盛り上がりを見せた。

しかし、まだ上がある。声出し解禁の知らせを聞いた時、多くのファンはこの曲が演奏されるのを期待していたはずだ。かつて声出しが禁止になった際に声出しが解禁されるまで封印すると宣言していた、インディーズ時代からライブのラストを担ってきた曲である。

「新生活、辛いことがあったら、逃げてもいいと思うんです!」と叫んで繰り出されたのは「逃飛行」。ほとんど歓声というか悲鳴に近い声が上がって、ほぼすべてのボーカルを観客がムツムロと共に歌うというとてつもない空間が出来上がっていた。

決してこのバンドは皆で歌って一つになることを望んでいる訳ではないだろうけど、確かにあの瞬間は会場が一つの塊になって大きなうねりを起こしているようだった。
どれほどファンがこの曲を演奏されるのを待ち望んでいたか、4人も分かっていたからこそ、アンコールのラストというとっておきのタイミングで解禁したのだろう。

この曲については恋人とのドライブについて書いた曲で、日常的な風景を特別なものとして描き出した曲だと感じる。恋人とのドライブをまるで見えない敵から逃れるように描写し、ついには

大好きだった少年漫画の主人公みたいになれはしないけど
きっと君だけは愛し抜いてみせるから

とロマンチックな曲に変貌する。本編のあたりで庶民的な接しやすさと楽器を持った時の輝きの共存について書いたが、その両方の感覚を併せ持っているからこそ日常を特別なものに昇華させることができるのだと感じる。

ただ、これは今だから考えることが出来るもので、実際に演奏されている時には半分パニックになっていてひたすらに楽しかったことしか覚えていなかった。

そうしてフロアが騒然としている間にライブは終了、あまりの余韻にダブルアンコールを求める観客もいたほどだった。し、自分自身も余韻が抜けていない。あまりに輝かしいインパクトを喰らって、耳と脳がクラクラしているような感覚だ。
ただ間違いなく今回のライブ、ツアーで多くの音楽好きの心を救いに来るだろうし、改めてハンブレッダーズは少なくとも自分にとってのロックヒーローだし、今後もいろいろな音楽に勝手に救われていくんだろうなと感じた2時間だった。

セットリスト
1 起きろ!
2 ワールドイズマイン
3 スクールマジシャンガール
4 いいね
5 再生
6 才能
7 パーティーを抜け出して
8 ファイナルボーイフレンド
9 ヒューマンエラー
10 またね
11 アイラブユー
12 常識の範疇
13 ギター
14 光
15 ヤバすぎるスピード
16 東京
17 BGMになるなよ
18 THE SONG
En1 フェイバリットソング
En2 DAY DREAM BEAT
En3 逃飛行