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月9ドラマ『女神の教室』第1話の考察(弁護士の視点から)

「女神の教室〜リーガル青春白書」第1話が大変面白かったので、ぜひnoteで思いの丈を書きたくなりました。弁護士視点で作品を見て感じたことを、つれづれなるままに書き留めます。

ロースクール生のリアルが描かれたドラマ

法律系ドラマというと、脚色が強くて現実離れしていたり、法律監修が甘いものが多く、違和感のせいで楽しめないものが多いですが、先週から始まったドラマ「女神の教室〜リーガル青春白書」は、ロースクールの実情、特に、「司法試験に受からなければ意味がない」という本音と、もっと実務のことを学生時代から知って法曹の魅力を感じてほしいという思いのぶつかり合いが、良くも悪くもリアルに描かれていました。
※ロースクールの実務家教員を裁判所の左遷先のように描いていたのは、さすがに脚色ですが。

そもそもロースクールは、司法試験対策講座をするための場ではなく、裁判官・検察官・弁護士といった法律家として活躍するために必要な能力を身につけるための場とされています。ただ、実際には、司法試験対策に注力して司法試験合格者数にこだわるロースクールも少なくないと聞きます。

また、作中で、予備試験合格者とロースクール合格者との大きな差が取り上げられていましたが、これはまさに現実に問題になっているものです。ロースクール不要論まで一部で唱えられるようになった昨今、「なぜロースクールは必要なのか」という司法制度において重要なテーマを切り口にしたドラマです。

ただ、ドラマを見てまず思ったことは、法律監修がしっかりしすぎて、全体として「法律関係者にしか伝わらない話題が多いな、、、」ということです。個人的には好きなドラマではありますが、そういう意味で、視聴率は伸びづらいかもしれません。

そこで、作品の魅力を少しでも伝えられればと思い、感じたことを率直にnoteに書き記すことにしました。

藍井先生がやっていた鬼指導は何?

作中で、柊木先生のライバル、藍井先生が、憲法の判例について学生に答えさせる「鬼指導」をしていました。

教員が学生に質問して答えさせる指導は、ソクラティック・メソッドと呼ばれ、実際にロースクールの主要な授業で採り入れられているものです。ソクラテスのように、教える側と、教えを受ける側が、質問と回答を繰り返し、思考訓練を行う手法です。

ただし、藍井先生が行っていたのは、このような対話を通じて議論する本来のソクラティック・メソッドではなく、ひたすら司法試験対策のために覚えるべきことを暗記させる手法です。

教材として使用していた憲法判例百選には、司法試験の憲法の問題を乗り越えるうえで押さえておくべき裁判例が多数掲載されています。藍井先生は、その中の「ここだけは押さえておけ」と思ったポイントを延々と学生に伝えて、暗記型教育を実践していたのです。

一見するとソクラティック・メソッドのような手法を採りながら、実際は司法試験対策に特化した無味乾燥の授業を繰り広げる様によって、藍井先生の教育方針を如実に示していました。

作中では、藍井先生の授業スタイルが悪のように描かれていましたが、実際のところ、同じように司法試験対策型・暗記重視型の授業がされているケースは、決して珍しくないと思います。
(とはいえ、さすがにあれは厳しすぎですが、、、)

藍井先生はなぜ学生から信頼されるのか

藍井先生の授業は、冷静に見ればただのアカハラ(アカデミック・ハラスメント)で、そのうえ、自らの曲がった理念に固執し、およそ尊敬に値する人間ではありません。それでもなぜ学生からあそこまで高い信頼を得ているかといえば、「それほどまでに学生は追い詰められているから」に尽きると思います。

ロースクール生は、法律家になりたいとの必死な思いで、日々勉強に励んでいます。家族から多額の経済的援助を受けてきたことへの負い目もあります。「もし司法試験に合格できなければ、今までの努力はすべて無駄になってしまうのではないか」というプレッシャーもあります。そのような環境だからこそ、「司法試験にさえ通してくれるなら藁をもすがりたい」という精神状態へと追い込まれていきます。

新任の教員に悪態をつく様はさすがに行き過ぎですが、このような精神状態は、多くのロースクール経験者にとって共感できることではないかと思います。

模擬裁判で検察官役はなぜ評価を落とされたのか

模擬裁判で、藍井先生に方針を説明した検察官役は、藍井先生の手によって成績評価を落とされています。これは、なぜなのでしょうか。

作中の最後のほうで、模擬裁判の題材となった裁判例が存在し、(模擬裁判では無罪判決となったが)現実には(共謀の認定により)有罪になった、という話が出てきます。視聴者の多くの方が、「検察官役はこの裁判例をきちんと調べてなかったから減点されたのかな」と感じたのでないかと思います。
しかし、これはミスリードであるように思います。検察官役の問題は、もっと根本的なところにあったのではないかと思うのです。

それは、被告人は裁判(公判廷)でも絶対に供述を翻ることはない、という先入観に陥っていたことです。

検察官は、弁護人からどのようなストーリーを主張されても、絶対にそのストーリーを覆せるような用意周到な準備をしておかなければなりません。「合理的な疑いを差し挟む余地がない」とは、合理的に考えれば検察官の考えるストーリー以外は成り立たないということです。

検察官役は、絶対に勝てるという自負にとらわれて、「万が一被告人が供述を翻したらどうするのか」という視点を見落としていたからこそ、減点されたのだと思うのです。

検察官役のさらに致命的な問題は、弁護人役のストーリーを「ばかげている」ととらえて、真剣にとらえなかったことです。

※本来、裁判員が参加する刑事事件は、あらかじめ「公判前整理手続」という方法で争点を整理するため、現実にはこのようなことは起きません。(そこは、「簡易な模擬裁判だから公判前整理手続は省略した」と考えることで、説明できるかと思います。)ただ、裁判員が参加せず、公判前整理手続も行われない刑事事件の場合、被告人や証人が供述・証言を翻すことは、十分に起こりえます。

法律家にとって最も危険なことの1つは、「先入観に陥ること」です。先入観は、多角的に物事をとらえる視点を失わせ、時には取り返しのつかない誤りを招きます。ドラマで描かれていたのは単なるバーチャル法廷ですが、現実の裁判では、そのような過ちが、人間の一生を変えてしまいます。

柊木先生の授業はなぜ受け入れられないのか

柊木先生が実際にどのような授業をしていたかは作中では描かれていませんでしたが、おそらく、実際の刑事訴訟手続の細かい流れを延々と説明したのであろうと思います。

ロースクール生からすれば、このような話は実際に司法試験に合格してから勉強すればよいことで、今知りたい話ではない、という感覚でしょう。実際、私自身も、ロースクール生時代には、「試験に出ることを重点的に教えてほしいな」と思うことは多々ありました。柊木先生への学生からの苦情の数々は、多くのロースクール生の本音でしょう。

司法試験は、ロースクールを卒業してからわずか2か月後に受験します。そのような切羽詰まった状況で、「司法試験に関係ないことは学びたくない」と思うことも、やむを得ないのです。

ただ、実際に法律家になって、実務で仕事をするようになると、「そういえば、今事件で問題になっていること、ロースクールで習ったような、、、」と思い至ることがしばしばあります。ただ、ロースクール生時代に勉強した実務話の価値は、ロースクール生時代にはなかなか分からないものです。

ロースクールのリアリティが描かれたドラマ

このドラマを見て一番驚いたことは、ロースクールの実情が細部までリアルに描かれていることです。例えば、作中で登場する書籍は、実際にロースクール生がよく参考書に使っているものですし、「ロースクール=懲役3年(2年)」というブラックジョークも、(いったいだれが言い始めたのか)実際にロースクール生の中で言われているものです。

単なる人間ドラマを描きたいだけであれば、ここまで細かい描写は必要ないですが、あえて細部までこだわりをもった演出をしていることからは、スタッフの作品にかけた思いの深さを感じます。

ロースクールの実態について正面から取り上げたドラマは、おそらく初めてかと思います。このドラマを通じて、ロースクール生が日々どのような苦悩を抱えながら司法試験を目指しているのか、少しでも認知度が上がっていけばと願います。

~おわり~
※ noteで執筆する内容は、私の個人的な見解に基づくもので、所属する事務所としての見解ではございません。

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