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月9ドラマ『女神の教室』第3話の考察(弁護士の視点から)

第2話に引き続き、「女神の教室〜リーガル青春白書」第3話を見て弁護士視点で個人的に気になったことを、つれづれなるままに書き留めます。

「黙秘権」をめぐる1回目のディベート

「黙秘権は必要か」というディベートに挑んだロースクール生たち、1回目のディベートでは、「黙秘権は不要」派が勝利します。

「黙秘権は必要」派は、黙秘権を保障しないことによる問題点として、拷問による自白強要の問題を主張します。それに対し、「黙秘権は不要」派の照井さんは、「拷問による自白強要の問題は、そのような行為を処罰する制度によって予防すればよく、『黙秘権が必要』という根拠にはなりえない」と論破しました。

照井さんのあまりの勢いに圧倒されて再反論できず、そのまま時間切れとなってしまった「黙秘権は必要」派・・・。では、照井さんの論破を巻き返すためには、どのような主張をすればよかったのでしょうか。

1つ考えられるのは、「『処罰』によって拷問による自白強要は防ぎきれない」という主張です。

刑法
(特別公務員暴行陵虐)
第195条 裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者が、その職務を行うに当たり、被告人、被疑者その他の者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときは、7年以下の懲役又は禁錮に処する。
2 ・・・

刑法には、被告人に対する暴行などについて、「特別公務員暴行陵虐罪」が規定されていますが、それでも、取調べ段階における自白強要事件はいくつも存在しています。照井さんの主張は、一見筋が通っているものの、過去の自白強要事件を踏まえると、「処罰」だけでは不十分であるとの立論が考えられます。

ただ、やはり、「拷問による自白強要」の一本で攻めるのは、「ディベートにおける主張としては弱いかな」と感じました。

第1に、取調べ段階において「拷問による自白強要」が横行する状況では、そもそも黙秘権が機能しないことが通常です。その点で、(もちろん無関係ではありませんが)根拠としてはやはり弱いものです。

第2に、「拷問による自白強要」は、主として「(起訴される前の)取調べ段階」で問題になり、「公判段階」(裁判所での手続の段階)では問題になりません。(一般に公開されている)裁判所で、裁判官が被告人を殴って無理やり話をさせるようなことは、考えがたいからです。

「拷問による自白強要」から黙秘権の意義を説明しようとすると、なぜ、公判段階において黙秘を認めるのか、合理的な説明が困難です。

おそらく、「黙秘権は必要」派は、照井さんがあそこまで論駁しなくても、藍井先生に敗北ジャッジをされていたのではないかと思います。

「黙秘権は必要」派が勝利するには、より深い観点からの主張が必要であったと思います。

「黙秘権」をめぐる2回目のディベート

2回目のディベートでは、(立場が入れ替わった)「黙秘権は必要」派が勝利しました。

その根拠として「黙秘権は必要」派が示したのが、「法律の知識で戦うことのできる検察官と、法律の知識がない被告人とが対等に戦うためには、被告人に対して黙秘権を保障しなければならない」という考え方です。

1回目の「黙秘権は必要」派では主張が不十分だった「公判段階」における黙秘権の意義について、刑事訴訟手続における当事者主義の視点を盛り込んで克服しています。

当事者主義は、(ざっくりといえば)対立する当事者を対等に戦う機会を与え、裁判所がその結果を踏まえた判断をすることで、真実の発見と公正な訴訟手続を実現できる、という考え方です。現在の刑事訴訟手続の仕組みは、このような考え方をもとに作られています。

「黙秘権は必要」派は、このような考え方を、実際の刑事事件の傍聴や検察官の話から再認識し、それをディベートにつなげたのです。

藍井先生が語った「憲法19条」の話

藍井先生が、最後に、黙秘権と憲法19条(思想・良心の自由)の話について語っています。

これは、藍井先生の個人的見解ではなく、憲法学者の杉原泰雄名誉教授が主張する見解です。憲法好きの藍井先生だからこそ、黙秘権の意義について憲法学的視点から深くアプローチする見解に共感し、この話をしたのだろうと思います。

もしかすると、単にそれだけではなく、照井さんの抱える内面を詮索しようとするロースクール生たちを暗に牽制したのかもしれません。

※黙秘権の根拠については、刑事訴訟法と憲法のどちらを主な根拠とするかを含め、様々なアプローチからの議論があります。

ところで藍井先生はずっと何の本を読んでいたのか

ディベートの時間中、藍井先生は1人何の本を読んでいたのかと(もしかすると私だけかもしれませんが・・・)疑問に思った方もいらっしゃったのではないでしょうか。「1人ディベートに関係のない本を読んで、態度悪いな・・・」と。

ただ、藍井先生が読んでいた本は、長谷部恭男著『憲法の階梯』(有斐閣)です。そして、この本の第7章のテーマは、「当事者対抗型刑事司法の形成について」です。つまり、藍井先生は、ディベートについて深く理解するために、刑事訴訟手続における当事者主義について、憲法学的アプローチからわざわざ考察を深めていたのです。

よくよく考えると、藍井先生は、柊木先生のことを批判しながら、思いのほか、きちんと授業中の学生たちの議論に聞き入っています。今回に至っては、わざわざ関連書籍まで持ち込んで・・・。藍井先生は、心底では、柊木先生の授業にかなり関心を持っているように思います。

刑事訴訟の傍聴で気になったこと

今回、視聴中にどうしても引っかかってしまったのは、実際の公判の傍聴場面です。検察官の尋問に対して、弁護人から何度も「異議」を出していますが、いずれも棄却(「認めてもらえなかった」)されています。ただ、弁護人からの異議の理由は、いずれも適切なものであったように思いますので、あの裁判官の訴訟指揮(公判の進め方)は、「ちょっとどうかな」と率直に思いました。とはいえ、そこはドラマを盛り上げるために、仕方のない部分かもしれませんが・・・。

「無能な法律家の言い訳」

被告人に黙秘権を与えれば真実発見ができなくなるおそれがあるとの意見に対して、照井さんが一喝した「無能な法律家の言い訳にすぎない」という言葉。

冤罪を防ぐためには、安易に自白に頼るのではなく、綿密な捜査による(自白以外の)証拠収集と、徹底した理論を武器に戦うことが求められます。このような観点は、刑事手続が社会から信頼される制度であり続けるために不可欠なものです。

すべての法律家が絶対に忘れてはいけない視点であると、改めて感じました。

おわりに

次第に、ロースクール生たちそれぞれが抱える内面が明らかになってきました。照井さんの本に挟まっていた不吉な写真、被害者感情に対する強い意識・・・照井さんの過去、そして、現在も抱える問題は?次回以降の展開が気になるところです。

~おわり~
※ noteで執筆する内容は、私の個人的な見解に基づくもので、所属する事務所としての見解ではございません。

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