記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

月9ドラマ『女神の教室』第4話の考察(弁護士の視点から)

第3話に引き続き、「女神の教室〜リーガル青春白書」第4話を見て弁護士視点で個人的に気になったことを、つれづれなるままに書き留めます。

柊木先生の課題

とび職の一人親方A(男性・44歳)は、元請業者B社から依頼を受け、マンション建設作業に従事していた。Aは、作業中、マンションの2階相当部分から転落、負傷し、その1か月後、硬膜外血腫により死亡した(転落による負傷が原因であることが判明した)。
Aが作業する足場には、本来設置されるべき転落防止ネットが設置されていなかったことから、Aの妻は、B社に対し、損害賠償を請求した。
(B社は責任を認めていない。)

判決での結論は見えている

仮に、この課題が現実に民事訴訟で争われた場合、判決ではどのような結論になるでしょうか。

ドラマでも触れられていたように、おそらく、B社のAに対する安全配慮義務違反で、B社の損害賠償責任が認められる事案であろうと思います。

この課題は、意図的に、争点となりそうな部分が検討事項から外されています。

現実にこの事件をB社の立場において民事訴訟で争うのであれば、(1)硬膜外血腫による死亡と負傷との因果関係がない、(2)転落防止ネットは必ずしも設置する必要までなかったのではないか、という点を主張するのが穏当です。ただ、これら2点には「争いがない」ものとされています。

藍井先生が「何の意味があるのか」とあきれていたように、この課題は、初めからB社の争う余地が(意図的に)ほぼ封じられている事案なのです。

7000万円で和解は妥当?

模擬裁判では、最終的に、「7000万円」の解決金を支払うことでの和解によって終結しています。この金額は、妥当だったのでしょうか。

この課題のような事案では、交通事故における定型的な損害賠償算定基準をベースに損害賠償額を検討することが一般的です。

作中で明らかになった事情を補足すると、次のとおりです。

  • Aには家族(2人)がいて、その家族を扶養する立場にあった。

  • 事故当時の年収は約500万円であった。

  • 事故の発生は、2020年3月以前であった。

損害賠償額として一般的に認められる主な損害項目は、次のとおりです。
(※交通事故の赤本・緑本を参考にした算定)

  1. 入通院費用 高額療養費適用で10万円程度?

  2. 入院雑費 約5万円

  3. 葬儀関係費 150万円

  4. 休業損害 約40万円

  5. 死亡逸失利益 約4380万円(生活費控除35%)

  6. 入通院慰謝料 53万円(ただし数十パーセントの増額可能性あり)

  7. 死亡慰謝料 2800万円

  8. 弁護士費用 743万円(損害額の10%)

【総額】約8100万円

判決であれば、上の金額に対し、さらに、遅延損害金(支払までの利息)が付きますので、さらに高額になります。

(模擬裁判において)最終的に、AとB社とは、「7000万円」で和解しています。B社としては、判決で予想される金額よりはるかに低い金額での和解ができましたし、Aとしても、早期解決に導くことができましたので、現実の民事訴訟でも十分にありうるラインで和解成立に至った、という印象です。

検討資料が分厚かったのはなぜ?

柊木先生からロースクール生たちが受け取った資料は、かなり分厚いものでした。なぜ、柊木先生は、わざわざ損害額の計算に関係のない多数の資料をロースクール生たちに読ませたのでしょうか。

おそらく、柊木先生としては、和解による解決において、本筋とは関連の薄い背景事情も重要であることを伝えたかったのだと思います。

例えば、Aが長時間の仕事を強いられていた事情は、遺族の被害感情の強さを想像させます。一方で、B社の経営状況についての事情は、多額の損害賠償の負担によるB社の倒産リスクを想像させます。この課題は、単に「勝つ」か「負ける」かではなく、当事者双方の事情を踏まえてどの辺りで「落としどころ」を見つければよいかを考えることが、本題であったと思います。

実際、弁護士として仕事をしていると、明らかに依頼者のほうが不利な事案(初めから敗訴は見えている事案)に巡り会うことが珍しくありません。このような事案において、相手方の心情を想像しながら和解に向けた適切な交渉を進めていくことには、「弁護士の力量」が試されます。

この課題で問われていたテーマは、実務において重要な視点であったように思いました。

模擬裁判なのに現実と全く違う

民事訴訟の傍聴を実際にされたことのある方は、「現実の事件では、法廷で討論したりはしないよな」と違和感を覚えたかと思います。実際の民事訴訟手続では、証人尋問などの一部の手続を除いて、ほとんどが書面のやりとりで完結します。当事者同士が、法廷で主張をぶつけ合うようなことは、まずありません。

「全然法律監修できていないな」と感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、それは違います。なぜなら、裁判長役の里崎先生が、模擬裁判の前に、「本来のやり方でやる」と宣言していたからです。

では、「本来のやり方」とは、いったい何のことでしょうか。

民事訴訟法では、法廷に出席した際(口頭弁論期日)に、主張内容を「陳述」しなければならないことが定められています。しかし、主張内容を読み上げるのは大変なので、現実の手続では、裁判長が当事者に対して「陳述しますか」(陳述したということでいいですか?)と尋ねて、当事者が「はい」と答えたら、主張内容を陳述したものとして扱う運用になっています。

ですから、傍聴をしても、当事者同士で主張をぶつけ合っているようなシーンに巡り会うことは、ほぼありません。

つまり、里崎先生がおっしゃっていた「本来のやり方」というのは、「民事訴訟法のルールを厳格に適用して、当事者が主張内容を法廷で読み上げることにしましょう」という意味だったのです。

(じっくりドラマを視聴しないと聞き逃してしまう)里崎先生の一言によって現実の事件と模擬裁判との違いがきちんとフォローされていて、「法律監修がしっかりされているな」と感心しました。

藍井ゼミ選抜テスト

司法試験よりも難関?

藍井先生がロースクール生たちに課していた「藍井ゼミ選抜テスト」。あの緊張感は、現実の司法試験さながらのものでした。

柊木先生も「時間内に解けない」と嘆いていたように、もはや、実際の司法試験よりも過酷な条件が課せられていたように思います。

「さすがにあれは学生たちがかわいそうでは?」と老婆心ながらに思いましたが、「司法試験より過酷な訓練を受けなければ司法試験は乗り切れない」というのが、藍井先生の持論なのでしょう。

司法試験のボールペン事情

視聴者の皆さまの中に、「何でシャーペンでなくてボールペンでみんな書いているんだろう」と疑問に思った方もいらっしゃるかもしれません。

司法試験では、不正防止の観点から、消しゴムで消すことのできる鉛筆やシャーペンの使用が禁止されており、ボールペンを使用することとされています。もし、誤ったことを書いてしまった場合は、二重線で消すか、該当箇所に大きく×を付けて、訂正することになっています。

司法試験が近づくと、「書きやすいボールペン論議」が受験生の間で起きます。限られた時間でいかにスムーズに文字を書けるかは、まさに死活問題です。ちなみに私は、ジェットストリー厶派です。

答案用紙の違和感

ところで、テレビ画面に映った学生たちの答案用紙、「あれ?何か違和感が?」と思いました。しばらく考えて、その理由に気づきました。それは、「文字のびっちり具合」です。

司法試験では、見直し段階で文字を挿入したいときは、吹き出しを使うことが一般的です。そのため、後で文字を挿入しやすいように、答案用紙は1行ずつ空けて書くなど、一定のスペースを答案中に確保しておくことが一般的です。「あの文字のびっちり具合はちょっとな・・・。」と、本当にどうでもいいことに違和感を覚えました。

藍井先生が読んでいた本

例のごとく、実務演習の授業中に藍井先生が何の本を読んでいるのか気になりましたが、あの「緑」と「青」のまだら模様で、すぐに分かりました。憲法学者の大石眞先生の「憲法概論」、法学部生の間でよく使われる教科書の1つです。

これまでマニアックな本ばかり読んでいた藍井先生でしたが、今回は王道のチョイスで、意表を突かれました。学術レベルから教科書レベルまで幅広く網羅するのが、藍井流のようです。

~おわり~
※ noteで執筆する内容は、私の個人的な見解に基づくもので、所属する事務所としての見解ではございません。

事務所サイトで執筆したコラムの紹介

所属する法律事務所のWebサイトで、法律に関するコラムを定期発信しています。ぜひ、こちらもご一読いただければ幸いです。noteでは、事務所サイトでは取り上げづらい個人的見解や、日々の業務とは離れた社会問題への考察を主に発信しています。

ITベンチャーなどビジネス向けの最新テーマを主に取り上げたサイト「Web Lawyers」はこちら

身近な日常の法律テーマを主に取り上げた事務所公式サイトはこちら

この記事が参加している募集

テレビドラマ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?