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朝ドラ「虎に翼」の弁護士考察・第3週(毒饅頭殺人事件)

第3週は、寅子が法廷劇デビューを果たしましたが、残念な結果に・・・。「毒饅頭殺人事件」を上演させた学長の真意は、何だったのでしょうか。

NHK連続テレビ小説「虎に翼」を視聴して、弁護士目線で気になったことを、毎週noteにしたためています。


毒饅頭殺人事件の法的論点は?

毒饅頭殺人事件の法廷劇は、大波乱のもとに中止に追い込まれ、結末が謎のままに終わりました。

毒饅頭殺人事件は、次のような事案です。

女給としてカフェーで働いていた甲子は、客であった医学生の乙蔵と恋仲になり、乙蔵は甲子の住むアパートに転がり込んだ。甲子は、自身の収入から乙蔵に金銭的援助を行っていた。乙蔵は、甲子に結婚の約束をしていたが、博士号を取るために親元に戻ってから5年後、甲子に別れを告げた。甲子は、乙蔵の両親からも「息子と関わらないでくれ」と言われ、甲子と乙蔵の関係は破断した。
甲子は、乙蔵一家の殺害を決意し、乙蔵宅に毒を忍ばせたまんじゅうを届けた。
乙蔵と両親は一命をとりとめたが、祖父のみが死亡した。
(なお、寅子たちの検証により、まんじゅうに、通常人の致死量に達するほど大量の毒を忍ばせることは不可能であることが分かった。)

検察官側は、祖父に対する殺人罪と、一家3人に対する殺人未遂罪が成立し、動機にも酌量すべき点がないとして、死刑や無期懲役などの重い求刑をすることが予想されます。

このような検察官側の主張について、どのような法的論点が考えられるでしょうか?

祖父に対する殺人罪は成立するのか?

まず、祖父に対する殺人罪は、本当に成立するのでしょうか?

①因果関係はあるのか?

祖父が、通常の致死量に達していないまんじゅうを食べて亡くなったのは、体質的な要因によると考えられます。このように、通常であれば発生しない結果が、被害者の特異な事情でたまたま生じた場合に、因果関係を認めてよいのでしょうか。この点は、法的に評価が分かれうるところです。

もし、因果関係が否定されれば、祖父に対する殺人罪は成立せず、(人を殺さずに終わったものと同視されて)殺人未遂罪の成否が問題になります。

②殺人未遂罪は成立しうるのか?

では、因果関係が否定された場合、殺人未遂罪は成立するのでしょうか。

一般に、実行行為に着手して結果が実現しなかった場合、未遂罪が成立します。ただ、実行行為によって結果を実現することが不可能であった場合、未遂罪は成立しません。これを、「不能犯」といいます。

甲子がまんじゅうに盛った毒の量は、通常の致死量に達していないわけですので、「不能犯」(つまり、犯罪不成立)と考える余地があります。

③故意はあるのか?

仮に、甲子の実行行為が殺人罪や殺人未遂罪に該当するとしても、殺人罪の故意があったのかどうかは論点になりえます。なぜなら、甲子は、そもそも祖父に対する殺人を意図していなかったからです。

大審院判例は、何らか「人」に対する殺意があれば、実際に亡くなったのが別人であっても、殺人罪の故意は認められるという見解を採用しています。もっとも、学説では、「意図していない人が亡くなっても殺人罪が成立するのはおかしいのでは?」という見解もあります。

殺人罪の故意があったのかどうかは、少なくとも学説レベルでは、議論が分かれうるところです。

④なかなか悩ましい事案

このように、祖父に対する殺人罪の成否については、様々な論点が重なり合い、なかなか悩ましいです。

一家3人に対する殺人未遂罪は成立するのか?

では、乙蔵や両親に対する殺人未遂罪は成立するのでしょうか。この点も、甲子がまんじゅうに盛った毒の量が通常の致死量に達していない以上、「不能犯」、つまり、殺人未遂罪は成立しないと考える余地があります。

殺人罪か?傷害罪か?

仮に、殺人未遂罪すら成立しないのであれば、一家4人に対して成立する罪は、傷害罪にとどまります。傷害罪しか成立しなければ、量刑はかなり軽くなります。

「毒饅頭殺人事件」は、法的に議論を詰めていくと、殺人罪か?傷害罪か?という、悩ましい議論にたどり着きます。ドラマではほとんどクローズアップされずに終わってしまいましたが、法学的にはかなり面白い事案であると思います。

動機に酌むべき事情はあるか?

「毒饅頭殺人事件」は、そもそも何罪が成立するかという論点だけではなく、量刑を決めるうえで「動機に酌むべき事情があるか?」も重要なテーマになっています。

甲子は、女給としてカフェーで働いていたことを理由に、乙蔵の両親から結婚を反対され、婚約を破断させられて、乙蔵一家に対して恨みを抱いています。このような動機について、「酌むべき事情」があるかどうか?は、甲子の量刑を決めるうえで、重要な要素となります。

(ドラマでも多少議論されていましたが)このような甲子の考えについて、「恨みを抱いても仕方のない面がある」と評価すべきか、あるいは、「恨みを抱くこと自体がおかしい」と評価すべきかで、量刑に少なからず影響が生じます。

乙蔵の両親の行動は、カフェーの女給に対する職業差別に他なりませんが、それに対して甲子が怨恨の情を抱いたことを社会的にどう評価すべきかが、量刑を判断するうえで大きなテーマになっています。

「毒饅頭殺人事件」を通じた学長のメッセージ

寅子たち女学生は、ドラマの中で、「毒饅頭殺人事件」の台本について、単なる「ウケ狙い」作品と結論付けていました。しかし、本当にそうでしょうか。「毒饅頭殺人事件」の台本には、もっと深い意味があったように思うのです。

検察官の主張に「疑いの念」を抱くことの大切さ

1つは、検察官の主張に「疑いの念」を抱くことの大切さです。「毒饅頭殺人事件」の台本に、筋書きどおりでは致死量の毒をまんじゅうに盛ることが不可能である点は触れられていませんでした。これは、単なるミスではなく、自発的に学生たちに発見させて、「検察官の主張に『疑いの念』を抱くことの大切さ」を教えようとしたのではないかと感じました。

女性の職業差別に対するクローズアップ

「毒饅頭殺人事件」においては、乙蔵の両親がカフェーの女給に対して職業差別をしたことをどう評価するか?が、大きなテーマになっています。

おそらく、当時の男性優位の法曹界においては、「カフェーの女給であった甲子が職業差別をされるのは仕方ない」「甲子の恨みについて酌むべき事情はない」という見解が常識的だったように思います。

「毒饅頭殺人事件」の台本には、このような法曹界の常識に対し、女性目線で「一線を画する」問題提起をしてほしい、というメッセージが込められていたのではないかと感じました。

「毒饅頭殺人事件」は再登場するのでは?

「毒饅頭殺人事件」の台本に対する女学生らの評価は、正直なところ、「未熟」であったと思います。この台本は、さらに議論の余地があり、なおかつ、女性のあり方に対するメッセージ性も込められたものであったように感じます。

もっとも、「毒饅頭殺人事件」は、今週限りのものではなく、ドラマが展開していく中で再登場するのではないか?と予想しています。寅子たちが成長した後で、「毒饅頭殺人事件」の本当の意味が、改めて解き明かされるのではないかと予想しています。

次週以降の展開も、楽しみです。

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