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捨てた鳥が家に戻ってきた

中学生の頃、捨てた鳥が家に帰ってきたことがある。

僕は中学3年生の時、グレていた。

と言ってもよくあるような、
飲酒や喫煙をしたり、万引きをしたり、暴力が伴う喧嘩をしたり、ムカつく奴を取り囲んだり or 取り囲まれたり、ガラスを割ったり、嫌いな人の家にピンポンダッシュしたりイタズラ電話したり、果てには警察にもちょっかい出したり、
みたいなことはしてなくて(そもそもそんな度胸も無かったしね)、当時に「嫌いだった大人を無視する」という行為をしていた。

僕は綺麗事を言う大人達が大嫌いで、主な対象としては親や先生だった。

僕がそう感じていただけかもしれないけど、当時大人達から「みんな仲良くしろ」とか「出る杭は打たれるから目立ちすぎるな」みたいな雰囲気を感じたし、なんなら言われたこともある気がする。
ただ当時の僕はそれが全く理解できなかった。
そもそもたまたまクラスが一緒になった公立高校の30-40人の集団が、全員仲良くするのは不可能な気もしたし、一方でお互いに違う部分はあったとしても、その違う部分を相互に理解し合えば深さは違えど友達にはなれるのではないかと。
だからこそ、合唱コンクールとか部活の大会みたいに共通の目標があるときにより一丸になって戦えると思う派。

けれども、絶対的な唯一正義(=綺麗事)を振りかざす大人達が嫌いだった。
特に中3の時に国語を教えてくれていた先生が大嫌いだった。
なぜかというとその先生が綺麗事を言っていると当時の僕が感じたから。

授業や作文で「人を殴るのは悪いことか?」と言う議題があったとして、
一般的な正解は「ダメなこと。なぜなら自分がされて嫌なことはしてはいけないから or 痛いことはダメなことだから」みたいな内容かと思うし、その先生もそんな感じで教えてそうな気もするが、
僕は「場合による。なぜなら僕の大切な人が殴られたら僕はその倍殴りたいと思うから」みたいな回答をしてしまう子供だった。
でそういう回答は頭から全否定されて、親にも電話が来て、親からも綺麗事を言われた。
今だったらわかりやすく「法律に引っ掛かるから。法律犯したら自分も国も困るから」みたいに言ってくれたら良かったのにとは思いますが。

いずれにせよ細かい経緯ははっきり覚えてないですが、大人達からは「あいつは調子乗っているし、性格も悪い」みたいなレッテルを貼られた。少なくとも僕はそう感じていたし、複数の大人に目の前ではっきりと言われたのは今でも覚えている。
果てには通知表の生活点が1点(最低点)で返ってきた時は逆にドン引きだった。子供にここまでするのかよ、って。

その一方で、とある別の先生(生活指導担当で発言力強め)が
学年でいじめ問題(あくまで被害者から見たらいじめという話で僕は当事者じゃないから善悪の判断は不可能)が発生した時に「俺には子供がいるが同じことをされたら、やった奴らをコロしにいく」と言ってて、さっきの先生もそれに首を縦に振って同意していたので、僕は「じゃあお前も俺と同じこと言ってるじゃん。てことはこの前のは綺麗事ね、了解。」となり、国語の授業からはフェードアウト。
最初は授業中に全く別の勉強をしたり、授業と関係ないことをわざとしていたけど、それも嫌味ったらしく注意されたので、国語だけは授業に出なくなり、保健室や職員用のトイレに避難する生活が続いた。
(唯一の仕返しできたと思ったのはその国語の先生の母校よりも偏差値が圧倒的に高い高校に受かった時。今は何も思わないけどね)

そんな中、中三の美術の授業で「石を削って作品を作る」というのがあった。
基本的には丸とか角張った何かを作るケースが多いのだが、僕はそんな状況だったので飛んでどこかに行きたいと思い、元の石を無理やり羽や頭っぽいのができるようにして自分の中での鳥を作った。

でそれを僕は家に持ち帰らずに、スーパーの雪山(※)に投げました。
(※生まれ育った秋田では雪が積もるので、雪寄せをした結果、スーパーの駐車場のある一箇所にめちゃめちゃでかい雪山ができるのです)

でそれを帰ってから笑い話としてメンヘラ気味の母親に話したところ、ブチギレ発狂。そのまま冬を超えた。

雪が溶け、高校受験が無事終わり、やっとクソ教師と離れられるとウキウキしていた春休み。
なぜか棄てた鳥が家に戻ってきた。どうやら母親が雪山が溶けたスーパーの駐車場から拾ってきたとのこと。

まだ結婚していないし、子供もいないけども、親からしたら子供が作った作品は宝物ということなのだと思う。

ただ、当時に嫌いな大人にできる抵抗はそれくらいしかなかった。

そんな中学生思春期の思い出。

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