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「幸せ」とは日常を過ごすこと

こんにちは、平井 @yuji87です。

今週はずっと幸せについて考えていたような気がします。昔から人がずっと考えているテーマで、定番の答えはあるのだけれど、それでも考えてしまうんですよね。「幸せ」について。

偉人たちが答えを出してきたものを改めて調べることはしないで、感じたことをそのまま書いていこうと思います。深夜の思考と向き合える至福のとき。すでにこうしてnoteを書いているだけで、幸せな気持ちを感じています笑

そもそも「幸せ」ってなんだっけ?

まずは言葉の定義から考えてみます。ボクが国語辞典だったら幸せについてどう説明するだろうか? みなさんも時間があったら少し考えてみてください。

ボクはまず幸せを感じるときを思い返してみます。

・朝起きて太陽の光を浴びたとき。
・太陽の光を浴びながら、電車で眠っているとき。
・一緒に散歩している老夫婦を見たとき。
・あったかいご飯を食べたとき。
・家族と一緒に過ごしているとき。
・気の合う仲間と一緒に話ししているとき。
・布団に入ってゴロゴロしているとき。

こうして挙げてみると、「幸せ」を感じるためには、特別なことってしなくてもいいんですよね。

高級レストランへ行って、高いワインを飲みながら柔らかいお肉を食べても、それが「幸せ」かというとそうではなかった。 多分、高級とか、高いとか、柔らかいとか優劣をつける意味をもつ行為に対しては、あまり「幸せ」は感じないのかもしれません。

あくまでもボクの場合はです。 20歳の頃に、もう何も食べられないかもしれないという病気になり、食事に対して深く考えなくなった稀なケースなので笑

では、先ほど挙げた「幸せ」を感じる項目の共通点を見てみましょう。

光、睡眠、人、食事。 ちょっと前に高級レストランの話をしていますが、今回の食事は人が生きていく上で最低限必要な食事です。

光、睡眠、人も生きていく上では欠かせないものですね。

いい服を着て、いい家に住んで、欲しいものは全部手に入れられるお金がある。
その人が幸せかどうかは、その人にしかわかりませんが、きっと「幸せ」には感じていないと思います。

「幸せ」はお金では買えない?

なんども使われている言葉だと思うけど、否定することができない言葉。おそらくそう感じている人も多いと思います。

でも、お金は人を救うことができます。

募金がその良い例ですね。今の世界では、何か必要なものがあるときは、みんながその価値を信頼しているお金と交換することで得ています。

ここで少し考えてみます。
お金をもらった方と、お金と引き換えにモノをもらった方の、どちらが「幸せ」を感じていると思いますか?

ボクはモノをもらった人の方が幸福度が大きいのかなと考えています。もちろん、本当にじぶんが欲しいものを手に入れた場合に限ります。衝動買いとかで、不必要なモノを買ってもあとで後悔するだけで「幸せ」を感じることはないから。数年前はよく衝動買いして後悔していました笑

お金をもらった人は、そのお金をいつかはモノに交換する時が必ず訪れます。だからお金を手元に置いているうちは、幸せになることができないのかもしれません。

「幸せ」とは日常を過ごすこと

お金と交換することで得られる、「幸せ」が存在することは間違いないでしょう。これだけたくさんの人がいるのだから。

でも、人間本来の「幸せ」にはお金は必要ありません。

人類が誕生した頃、みんなで生きるために助け合い毎日を過ごしてきたはずです。

その当時に感じたであろう「幸せ」を想像してみると、最初に挙げた「家族や仲間と一緒に過ごす」というような内容を思い描きませんか?

「幸せ」
それは大切な仲間とともに日常を過ごすことなのかもしれませんね。


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