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好きな写真について #27

6年ぶりの個展がいよいよ明日から始まります。慌しかった先週が嘘のように、とても静かです。乾燥機が動いている音とキーボードに触れる音しか聞こえません。音楽を聴かずにnoteを書いているのは、ヘッドホンを付けるのが手間だと言うこともあるけど、部屋の中で聞こえる音を意識したいと思ったからです。

ボクは今、文章を書いています。自分がここに在ることを意識しなさいと教えてくれる仏教の本がたくさんあります。流し読みで気になる部分しかちゃんと読んでないから、本質は理解できていないと思います。だからこれから書くことも、「そういうことじゃないよ」と詳しい方なら思われるかもしれません。そういう解釈をしたんだなと優しく見守ってもらえると嬉しいです。

仕事がうまくいかなかったときや、家族と喧嘩したときに、もし客観的に自分を見れていたら防げたかもしれないことはたくさんあります。例えば、子どもがトウモロコシをしゃぶり尽くした後、手を洗わずにiPadに触れようとしたとき、「手を洗いなさい!」と言うんじゃなくて、「さぁ、そのとうもろこし汁が付いてべちょべちょの手で、あなたは今から何に触ろうとしているのかな?」と目の前に在る事実を述べてみる。試してないから効果があるのか分からない。我が子は素直なので、「このトウモロコシ汁でべちょべちょの手でiPadを触りまーす!」とは決して言わないはずです。夜遅く、眠気と戦っていて意識が朦朧として、お主3次会帰りか!?というテンションのときならするかもしれません。子どもっておもしろいですよね。ボクにそんなこと言う資格はありませんけどね。37歳になったのに、「今年もパパと子どもたちは良く成長したね」と妻に言われています。年末に頂戴する定番のお言葉になりました。ボクにはまだまだ伸び代があるということでもあります。

好きな写真についてでしたね。すっかり忘れていました。

10年後に生きていたら、きっと今より好きが増えているだろうから、今は撮れなかった写真もたくさん部屋に散らばっていると思います。写真をプリントするたびに、紙で写真を見ることの大切さに気付かされます。子どもの頃は、近くの薬局で家族旅行に行った写真を現像してもらって、買い物の帰りに受け取って晩御飯までの間によく見ていました。写真はプリントで見ることが当たり前の時代でした。アルバムに順番に貼り付けたり、コメントを書いた紙を貼ったりしていました。それが中学、高校くらいから写真を撮ることもなくなりました。薬局も潰れて、キリン堂が出来ました。実家の本棚にあるアルバムには、ボクが中学の卒業式で撮った写真を最後に続きがありません。

その後、家族一緒に撮った写真は、彼女を両親に紹介するために訪れた「美々卯」で撮った写真です。みんなとてもいい表情をしています。セルフタイマーで撮った写真だけど、写真の中にいる人は皆輝いている。写真はシャッターを押せば誰でも撮れます。ボクは、写真に写っている人や場所が嬉しそうにしている写真が好きなんだと思います。これからもそんな出会いの瞬間を記録できたらいいな。

写真展のお知らせ

平井裕士写真展 いつか見た風景
2023年11月15日(水)~11月19日(日)
12:00~19:30(最終日は19:00迄) / 入場無料

皆様のご来場を心よりお待ちしております。17(金)~19(日)は終日在廊いたします。お話しましょう!

写真や旅のことだけじゃなく、今ボクが気になっていることをnoteに書いています!読んでいただきありがとうございます!