居場所がなくて寂しい想いをしていた昔の私へのメッセージ。(Day83)

6月の頭に、地元の若い人達の集まりを企画しました。久々に自分が育った街に戻り、既存のコミュニティを活かすためにと、少し工夫を凝らしてしてみました。
そのときに小さなテーマとしてこだわったことは、居場所づくりとともに、『役割』を用意することです。
それは『役割』が愛の1つの形だと思うからです。

昔の思い出。
私がはじめてそのコミュニティに顔を出したとき、暖かく迎え入れてくれました。
しかし、確かに居場所はあったけれど、誰と時間を共有すればいいのかがわからなくて、戸惑ったことを覚えています。
初対面の方と挨拶をしても、何を話せばいいのかわからない。ただ人を避けて席についても、何を見つめればいいのかわからない。そうやって、心はただただ疲れてしまうばかりでした。

今ならなぜ心が疲れてしまったのかわかるけれども、それは居場所があっても役割がなかったからです。

居場所と役割。
それが愛を感じるために必要なモノ。

思えば、この年になってやっと感謝しているのですが、
子供の頃は、家族から、近所のおじちゃんから、クラブのコーチから無償の愛を受けていました。

どこにいても、子どもであるという役割を与えられていて
ただ降ってくるミッションをクリアして、
ただ与えられたものを両手で大事に抱えて
笑顔でありがとうを言えばよかったのです。

それが子どもであるという役割で、
いつでもどこにいても私には役割がありました。
生活は決して豊かではなくて、毎日が笑顔ばかりでもなかったけれど、『役割がある』それだけで大きな愛を受けていたと今でも思えます。

居場所と役割。
それが愛を感じるために必要なモノ。
これは真理だとおもう。

私は、誰もが愛を感じてほしいと思います。

それはきっと、誰にでも必ず
居場所があるはずだから。
そこに役割があるはずだからです。

だから、今これといった役割が見つからなくても、悲しんだり焦ったりしないでください。

『役割』は、ふいに誰かから与えられることもあれば、
誰かから与えられるのを待っていなくても
それは自分で作ることもできます。

大人になってからでも遅くはありません。
自分の好きなものはなにか。
隣の人にできることはなにか。
この時間を何に使うか。

どんな形かはわかりません。
家族なのか、職場なのか、顔の見えない繋がりか。
なにか裏に気持ちがあると思われたり、それが初めは合理的な愛だと思われてもいいです。
小さなことからはじめてみましょう。
あなたのそばに愛はあります。


私が家族から学んだ大切なこと。
こんな私にも居場所があって、役割があって、
それで生きてきたということ。
家族をはじめ、色んなコミュニティなんてあってもなくてもいいと思っていたけど、
今になって、少しずつ暖かさを感じられるようになりました。

だから今ある繋がりに、感謝しましょう。
そして、小さな役割を見つけたら、
次はもっと大きな目的を、もっと大きな役割を探していきましょう。

今日という日があなたにとって、あなたにできる小さな役割を見つけられる、そんな1日になりますように。

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