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20190520「続・ゆっくり、いそげ」を読んでみた

以前から読みたかった本ですが、やっと手に入りました。手作り感がまた読み手の心を掴んでいます。
ざっと読んで感じたことをtwitterに投稿していました。

●天職とはcallingという訳語。自らつかみとるものではなく、呼ばれるもの。誰から教えられるものではなくても自然とできてしまうような。

●自分が何をやりたいのかわからなければ、まわりをいかすことから始めればよい。これは夢組、叶え組と繋がってくる

●あなたの中に種のあることをやりなさい。自分の大事な事をやってほしい。ない人?とにかく動く、あるく、やってみる

●ブリコラージュって、上田先生のプレイフルシンキングにも出てきてた。そこにあるもので面白がりながらつくる。エンジニアリング的な経営手法からブリコラージュ的な経営。僕もブリコラージュが楽しい。

※ブリコラージュ:フランス語で、その場にあるものを適当に組み合わせてものをつくるという意味。レヴィ=ストロースの「野生の思考」で有名になった概念

●場が力を持つための5つの条件。目的がなくてもふらっといける。多様な人が参加できる。主の存在。主客同一の要素。楽しく、遊びの要素があること。あー、TIPSってこの要素があるんだな

●一人一人が大切にされる社会とは?一人一人が自分の人生を自分で歩める社会とは? 

●健康的な共同体のためには個人の自立や成熟が必要だが、個人の自立や成熟のためには、健康的な共同体が必要。まだまだ健康的な共同体にはなれてない、いや常に進化し続けて、変化していくものだからこそ終わりはないのかもしれない 

●社会的共通資本としての共有ビジョン、一人一人に根ざした集合知としての美意識。抽象的な議論を通じてではなく、具体的な活動を通じて形成される価値観であり、美意識だからこそ実態を持ち、根を張ったものになる。ビジョンから仕組みにするとやらされ感が起きる 

●ブリコラージュ的に何かをやっていくのが僕には合っている。うちのNPOもそんな感じで毎日やってきているのかなと。だから会社員の時には自分には合わなかったのかな。エンジニアリング的な動きは。

●参加と退出に対して開かれている。これは義務感をなくしていく上でも重要なのだと思う。それぞれのライフステージにおいて変わって当然だし、変わるものだ。参加のハードルを下げる上で大切な部分だと思う。

●自己決定に基づいた参加者だけで始められることの意味は大きい。やらされ感や義務できた人がいると、その人に対してのフォローやエネルギーをかけるのがマジで大変。

●ただ目的もなくいられるそんな場所。地域にはどれくらいあるのだろうか 

●公、私、共の3つのレイヤー。共(コモンズ)が立ち上がるとき。目的もなく行けて、目的もなく滞在し続けられる場所。

●これって、YGUハウスもそうかな?起こっている一つ一つの状況に目を向けて、一人一人がうちに秘めた望みに耳をすます。そこからどんはハウスにしたいか考えていく 

●将来こうありたい!から逆算していくのも大事だし、今ここにあるものに目を向けながら、そこで起きている状況、一人一人の声を紡ぎながら楽しみ、味わい、そこからブリコラージュ的なまちづくりも大事

●場とは最後は空間でもなく、人でさえなく、関係性の記憶なのかもしれない。なるほど。その場に残る何かがあるからこそ、場はあるのか。
#続・ゆっくりいそげ @tetu0722


また、be, do, haveのパートで書かれていた、自分の目的地をbe動詞で定義してみるというところ。

幼い頃は自分の目的地をhaveで考え(〇〇が欲しい)
大きくなってくるとdoで考えていく(〇〇がしたい)
そこでどうありたいかのbe動詞で考えていくことの重要性は自身も以前から感じていた。

でも、最初からbeで考えることももしかしたら難しいのかもしれない。haveやdoを経た後だからこそ、その大切さを噛みしめることができるのかもしれない。

”自分の人生を自分で歩む人でありたい”
”人生が楽しいと思える日々を過ごしながら、自分の子どもや学生たちにワクワクしている背中を見せられる人でありたい”

を、僕自身は大事にしたいな。


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