ねずみよ、さようなら

京都に来て一年が経った。

「一生に一年くらい京都に住んでみたいものだ」常々そう言っていたぼくは、なんと本当に京都に一年住んだのだった。

ぼくの通う京都大学大学院には、MCRコースという一年間で終わる特別なコースがある。Master of Clinical Researchの略だそうだが、Masterといっても修士が得られるわけではない。元臨床医だけが集まり、それぞれの現場で悩んだことを研究にしていく。

毎週二人ずつ発表する。

「黄砂は心臓に悪いか」「新人は熟練よりオペが下手か」「はちみつは咳に効くか」ーーー

実に様々なテーマでの議論。それを5,6人の教授陣がめった打ちにして、刀を鍛えるようにしてぼくらは鍛えられた。

そのMCRというコースが終わり、謝恩会というものがあった。教えてくれた先生方数人と、学生26人のささやかなパーティ。

あっという間に会は終わり、二次会へと5,6人で流れた。医学部のキャンパスを横切り、京大病院前の近衛通を歩く。袴に身を包んだ元産婦人科医の同級生の女性とぼくは話しながら歩いてた。

その時。

道路にさっとねずみが飛び出した。

あ、やばいな。そう思った。だれかが「轢かれちゃうんやない」と言った。

車が通り、轢かれてしまった。即死のようだった。皆固まった。だれかがまた、「二次災害に気をつけないと。こういう時、すぐ飛び出しちゃダメだ」と言った。元救急医だった。

冗談のつもりで言ったのかもしれない。誰も反応しなかった。

皆、歩道で固まっていた。


だれかが、手を合わせた。思わずぼくも。そして皆が。

次々に車がやってきた。車は避けたから、ねずみはそのままだった。

5台くらい過ぎた。


また皆、固まった。

ぼくは反射的に車道に出ていた。体が制御できない。

ねずみの尻尾を持つと、沿道の植え込みに入れた。

震える手を合わせた。



38歳という一年をこの街で過ごした。

古めかしい一方で、世界最先端のものが溢れているこの街を、ぼくは気に入っていた。

さようなら、京都。さようなら、ねずみよ。

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中山祐次郎

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