嫉妬こそ最高のモチベーション

郡山は寒い。
東京から一緒にきた撫で肩のオトコは、「先生今日なんて朝クルマに乗ったらマイナス2度でしたよ」と言っていた。
確かに11月の今すでに、東京の2月の極寒期のような気配がしている。これでこっちの2月とか、どうなってしまうんだろう。

ところで、私には、嫉妬する男がこの世に2人いる。あの世にはたくさんいるが、今日はこの世の話だけをしたい。

1人は苗字が同じで、確か私より少し歳下だったと思う。その男、とあるIT会社の子会社?社長である。堂々たる体躯の、しかし嫌味のない人々から好かれる男。
この男とそれほど親しい訳ではない。お互い顔と名前と、あと何をやっているか少し知っている程度の仲だ。誘い合って呑むこともない。共通の知人がいて、年に数度、イベントなどの時に顔を合わせるくらいだ。

この男、あるアカデミー賞受賞映画のエンドロールに名前が載っていた。エンドロールに名前が載るということは、かなりその映画に貢献したということだ。
これは凄い。
私はこの映画を劇場で見て、カナヅチであたまをぶん殴られたような衝撃を受けた。あまりに素晴らしい映画だったからだ。それに加えて、彼の名前が出てきて(たぶん出てくるだろうと予想していたのだが)今度はトンカチであたまをぶん殴られたのだ。

このくらいの距離感の仲の男は、いつも私を刺激してくれる。その距離は近すぎても、遠すぎてもダメだ。近すぎると応援したくなるし、遠すぎると他人事になり興味がなくなるからだ。

どうやったら私の名前は、アカデミー賞映画のエンドロールに載るだろうか。

金でも医者の仕事でも載れそうにない。私のキャリアから極めて遠い。

考えても思いつかない。頭がカッと熱くなる。でも彼が載ったのだ。私が載らない訳にはいかない。嫉妬だ。得体の知れない嫉妬だ。載ったってなんの意味もないことはわかってる。あんな大人数の名前が流れるエンドロールだ。でも、彼が載った。凄い。

いつか私の名前はきっと、アカデミー賞映画のエンドロールに載るだろう。なぜなら、真剣に嫉妬しているからだ。嫉妬はいつも私を後ろから蹴り飛ばしてくれる。理屈などない。ただの嫉妬だ。

もう1人の男。
その男は研究者だ。一流の場所で働き、あんまり中身はなさそうだが、インパクトのある仕事をしている。
この男、歳がタメだ。こちらは前の苗字が同じ男と違い、嫌味で嫌な奴だ。一度しか会ったことはない。義理も人情もなく、人間関係もないのに頼みごとをしてくるような野郎だ。こちらのやっていることがわかると途端に手のひらを返す、そんな奴だ。相手にしたくもない。
ところが、この男、なかなか凄い。
なぜなら、しょっちゅうこの男の名前が耳に入ってくる。凄い人がいて、紹介したいんですと言ってこの男の名が出てきたこともある。そして、彼の名前が出てくるたびに「あの人は凄いね」とみな口々に言う。私が尊敬してやまないひとまで、「彼は凄い」と言う。

その度にハゲそうだった。彼と仲良くすればいいものを、嫌悪の目で見てしまう自分が嫌になった。自己検証すると、残念ながらその正体の半分は嫉妬だった。私はこの男を嫉妬している。妻に言ったら「またしょうもないマウンティングは辞めなさい」と言われるだろう。それでも、これは譲らない方がいいと思う。この嫉妬を、私は大事にしている。はっきり言ってしまおう。私は、この男より凄いと言われたい。次男としてぼんやり育ってきた私だが、この男への闘争心は不思議と確固たるものがある。理由はわかっている。
初めて会ったとき、かなり礼を尽くして挨拶をした私を彼は見ようともせず食事を食べ続け「は?なんだこいつ?はいはいお疲れ」と言った態度を終始示していたからだ。こんなことで闘争心なんて情けないしカッコ悪いのだが、私はその時激しく惨めな思いをしたのだ。そして「その手のひら、焼け焦げるまで返すなよ」と思ったのだ。

余談だがこれ以来、私は初対面の時の挨拶には異常に神経をつかっている。

私の行動原理はかようの情けないものだ。けれど、量として多いのは間違いなくネガティヴな感情だ。怒り、嫉妬、苦悩…
誰の心にもあると思う。こういう気持ちを、私はモチベーションにしている。



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中山祐次郎

ひとえきコラム

ひとえき分、3分で読めて、ためになるかもしれないコラム。医者の目で見たこの世界。医学やニュース、健康、美容。
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