見出し画像

鉄道旅行とオリーブ畑

 電車で旅行するのが好きだ。飛行機と違ってのんびりと窓の外の風景を眺められるし、時間がかかる分だけぼんやりしたり、うとうとしたり、物思いに耽ったりする余地がある。バスは酔いやすくてわりと苦手なのだけれど、電車は揺れ方にある程度規則性があるし、カーブも少ないので酔いにくいのも助かる。

◆◆◆

 前回のnoteでトスカーナのオリーブオイルのことを書いたのだが、そういえばイタリアの車窓でオリーブ畑をまだ見たことがない。

 ミラノ〜ローマは新幹線を使った。ミラノ中央駅から発車して少しのあいだは郊外の街並みが、それからは畑が広がるなかにぽつぽつと農家がある北イタリアの平野部を少し通る。在来線なら都市と都市の間ののどかな風景などをもっと見られたと思うのだが、新幹線はイタリア半島に横たわるアペニン山脈を突っ切るのだろう、すぐにトンネルばかりになり、外の景色は見えないことが多かった。トンネルが切れるとまもなくローマについた。

 ボローニャのあたりは濃い霧が出ていたのをよく覚えている。午後にローマを出て、冬の太陽は電車の走るうちに暮れゆき、温度が下がって露点に達すると、雨も降ってないのに電車の窓が濡れていった。
 近くのフェッラーラに足を伸ばした際は午前のうちに電車に載ったのだが、街では太陽が出ていたのに、郊外をすぎて農地に差し掛かるとまるで湯畑のように、地面からもうもうと霧が噴き出していた。陽光で温められた土壌から蒸発した水分が、冷たく湿度の高い空気のためにすぐに霧になるのだろう。濃いところでは窓の向こうがほとんど何も見えないくらいだった。

 ヴェネツィアには2つ駅があって、他の街から行くとまず通るのが『ヴェネツィア=メストレ』で、各地へ伸びる路線の乗り換えの基地はこちらになっている。その先、長い橋を渡った先に『ヴェネツィア=サンタ・ルチア』があり、こちらが観光地のヴェネツィアだ。
 ヴェネツィアというと干潟の島に張り巡らされた運河の街並みが思い浮かぶが、メストレ駅の方は工場や営業所、そこで働く人の集合住宅が多いように見受けられた。おなじヴェネツィアでも全く違う。メストレからさらに外れると、あたりは畑ばかりになる。ヴェネトは平らで、麦畑や野菜畑がどこまでも続いているようだったが、ここでもオリーブ畑には気がつかなかった。

 トスカーナのオリーブオイルは有名なので、フィレンツェ周辺ならオリーブ畑が多いのかと思ったのだが、これもまたよくわからなかった。マントヴァという田舎町からローカル線でモデナに向かい、電車を乗り換えてボローニャへ、そして特急でフィレンツェへ。
 ローカル線の風景はのどかで、他の北イタリアと同じく畑が広がり、木立と農家がお互いの距離をしっかり保ちながら点在している。屋根が崩れてしまった廃屋も時々あった。木造住宅の日本と違い、石やレンガで作られるヨーロッパの家は腐らないので全体が崩れることはないが、木の梁をかけた屋根だけは雨に腐って落ちるのだろう。農家は広く、母屋と別宅と農作業用らしい建物、厩などがあり、少し構えの良い家になると門の前に糸杉が並んでいた。
 ボローニャからフィレンツェはやはりトンネルばかりで、やっと外が見えたと思ったらもう街につくのだった。あのトンネルの上に、オリーブ畑に覆われたゆるい山肌が広がっていたのだろうか。

◆◆◆

 イタリアを初めて訪れる何年も前にスペインに行った時、マドリードからグラナダまでは昼に高速鉄道で移動した。郊外をすぎると、見渡す限りのオリーブ畑が広がる。線路わきから始まり、その向こうに見える丘もオリーブ畑。丘の向こうにまた丘、その向こうにも丘。規則的に植えられたオリーブの樹は畑ごとに向きが違うので、手ぬぐいの鮫小紋のような模様を描いていた。電車が走っても走っても、オリーブの海から抜けられない。
 乾いた茶色の地面に、くすんだオリーブの葉の緑。視界いっぱいに広がるオリーブ畑に圧倒されながら、そういえばオリーブオイルの生産量はスペインが世界一だった、とぼんやり思い出していた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?