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"マドリードの朝"という絵画

 題名通り朝のマドリッドの町並みを描いた、日本人画家による風景画だ。
 中学校の美術資料集に載っていたのだが何のページだったのかはよく覚えていない。たしか年表のような一覧で、いくつもの絵画が紹介される片隅にひっそりと紹介されていた。
 ものすごく惹かれたという訳でもないのだけれどなんとなくその絵をよく眺めていたし、何年経っても時々思い出しては遠い異国の街に思いを馳せていた。あの資料集のページのように有名な絵画に混じって、私のなかの片隅に「マドリードの朝」はあった。

 それから15年ほど経ち、漸くマドリッドを訪れた。
 夜にマドリッドへ着いて市内のホテルへ。
 少し古いが重厚な造り。日本で言えば"昭和っぽい"エレベーターはのんびりゆったり、我々と荷物を運び上げた。
 スペインのホテルは他のヨーロッパの国に比べて広い。カーペットもカーテンも壁紙も暗い色だが、ゆったりしているので圧迫感はなくなんとも落ち着く。木目のまま仕上げた調度品や窓がよく似合っていた。
 ベッドルームの奥は少し床が高くなっており、外の光の入る大きな窓の前にテーブルと椅子が二客置いてある。
 ちょうど日本の旅館で寝室の奥にある、あの空間とよく似ていて、同じような感覚がスペインにもあることが好ましかった。

 朝。
 道路清掃の車の音で目が覚めた。石畳の路地はスピーカーの内部のように、8階の部屋まで音を膨らませ響かせる。まだ空は白く街はほの暗い。
 窓に近づくと秋の朝の冷気を感じた。窓が完全に閉まっていなかったのだ。おおかた枠に嵌まっているのだが、よく見ると縁が少し浮いている。湿度の関係か経年で歪んでいるのか、かなり強く押す必要があった。
 きっちり窓を閉めてしまうと外の音は幾分ましになった。朝の街を眺めるには早すぎるので、ベッドに戻ってもうひと眠り、それからあの椅子にかけて外を眺めよう。
 シーツの間で微睡みながら、あの絵のことを思い出していた。

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