見出し画像

サン・ジュストの丘と坂

 イタリア北部東端のトリエステという街に行ったときのこと。
 立地は長崎と似ていて、奥まった港街は山に囲まれたすり鉢型だ。街の中心部から背後の丘のほうを見上げると、ホテルや背の高い建物の合間から緑の丘を背景に教会が覗く。
 
 広場の近くでブリオッシュとエスプレッソの朝食を摂ったあと、時折雨のぱらつく街をぶらぶら歩いた。てっぺんに城砦の見える丘は結構高く、前夜の夜更かしに疲れていたので登らずにぐるりと反対側へと回ってみる。

 1月1日のことだった。カフェやレストラン、土産物屋は開いているが、それ以外の店は大抵7日まで休みとのお知らせがセールの赤い札と一緒に貼ってある。
 交差点で信号を待っていると、通りがかったお爺さんがにこにこして「サン・ジュスト!」と丘の上を指さして教えてくれた。連れはイタリア人だが、私が東洋人なのでイタリア語が通じないと判断したのだろう。何度か丘の名前を繰り返してお勧めされたようだった。
 坂を登りたくないなあと迂回していたが、お爺さんの笑顔に勝てずにお礼を言って、丘の方へ足を向けた。100メートルほど歩いて丘を上る階段の前まで行ってみると、なかなかの斜面で長い階段が折り返しながらその斜面を這っていた。
 振り返ると、お爺さんはまだ信号を待っている。意を決して階段を上り始めた。
 随分上って下から見えていた小さな広場に着いた。重い足をどうにかもちあげてここまで上ってきたのだ。すっかり息が上がり、立ち止まって踏んできた路を振り返る。
 あの交差点から、向こうの山まで広がる街が見渡せる。その反対側、斜面の上を見上げると上ってきた倍ほどの高さに城砦の先が見えて、眩暈がした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?