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それは大人のゆらぎ、大人の音楽

さがしものはなんですか
みつけにくいものですか
〜♪〜♪〜
まだまだ探す気ですか
それより僕と踊りませんか
夢の中へ 夢の中へ
いってみたいと思いませんか

子どものころ、この歌が好きじゃなかった。
子どもの私が一番ストレスを感じることは、なくした物を探すことだった。そして、その失せ物はだいたい見つかることがなかった。
いつもお腹が痛くなりながら「どこへいったんだろう…」と顔を引きつらせて探した。

そんなとき、この曲が絶対に頭の中をぐるぐる駆け巡った。
もじゃもじゃしたヘアースタイルのサングラスかけたおじさんが何人もぐるぐるした。
さがしものをしているこちらの不安な気持ちなど無視して、少し鼻にかかったその声色は明るかった。きわめつけに「踊りませんか?」なんていってくる始末だ。
テレビに出てくる歌手について、好きも嫌いも思っていなかったが
井上陽水は、なんか好きじゃない!と思っていた。

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時は経ち、大学3年生の私は後輩と一緒に、映画「かもめ食堂」を観に行った。
映画の内容は、もうあまり覚えていないのだが、ヘルシンキのゆったりとした時間の流れと、おいしそうなおにぎりにほっこりとして、映画のエンディングを迎えた。

そんな時にかかったのがこの曲である。

井上陽水『クレイジーラブ』

どうしたことだろう、まるで脳みそがパッカーンと開いたような心地がした。

かっこいいぃぃぃぃ!!!!

最高にかっこいい!!!

子どもの頃は、決して心地よいとは思えなかった、あの声が、たゆたうような歌い回しが心地よかった。「心地よい」なんてぬるい言葉ではなく、最高に気持ちよくかっこよかった。爽快だった。
そのときふいに「大人になったんだ!わたし!」と悟った。

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子どものころ苦手だった『夢の中へ』の歌詞には続きがある。

はいつくばって はいつくばって
一体何を探しているのか
〜♪〜♪〜
踊りましょう 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか

きっと子どもの頃はこの詩の意味がわからなったと思う。
というか、子どもの頃の「さがしもの」と、今33歳の私の「さがしもの」は絶対にその質が違うのだ。
(消しゴムや鉛筆ではなく、恋とか愛とか承認とか、居場所とかそういうやつだ)

井上陽水の音楽の聴こえ方も変わった。
今となっては「さがしもの」も変わった。
お腹が痛くならないように、鼻歌を歌いながら、踊りながら、私はさがしものをみつけたいと思っている。


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