見出し画像

母と紅茶

私の母はとても働き者で、他人の2.5倍ぐらい働いていた。
フルタイムで看護師として働き、朝晩手の込んだ食事を作り、定年を迎えるまで父のお弁当を毎日作った(私と弟が高校に通っていた時は最大4つのお弁当を作っていた)

そんな母は紅茶を淹れるのが好きで、20年前の長野の田舎ではめずらしかった茶葉から淹れる紅茶をどこかから取り寄せて飲んでいた。

今日はアールグレイ、ダージリン、たまに気分を変えてローズヒップ。
日曜になると母はよく紅茶を淹れてくれた。

「茶葉が全部沈むまで待つのよ」
熱湯を含んで広がりながらたゆたうようにティーサーバーの底へ沈んで行く茶葉を見ながら、今か今かと母と一緒に紅茶がはいるのを待っていた。

母が紅茶を淹れている時間は、いつも他人より2.5倍速で進んでいた時間が急に速度を落として、0.8倍速ぐらいにまで落ち着いていた。

母の誕生日や海外旅行に行った時には、母へのお土産として紅茶を買っていった。
年二回の帰省の時に「この前私が買ってきた紅茶飲もうよ」と言うと決まって「もう全部飲んじゃった」と言われていたのに、数年前からまだ飲みきらずに残っていることがよくあるようになった。
食器棚の片隅に、しばらく使われた形跡のないティーサーバーが鎮座していた。

ある日、電話口で母が「今月から夜勤が減って、紅茶を淹れる心の余裕が出てきた」と話していた。
紅茶を淹れられるかそうでないかは、母の心の元気度を測るバロメーターだったのだ。
母の0.8倍速の時間が戻ってきたらしい。

次に帰省するときは、母の好きそうなとっておきの紅茶を買って帰ろう。
そして私も一緒に 0.8倍速の時間を母と過ごそう。





読んでいただけるだけで嬉しいのですが、サポートいただけたら「陽気でセクシ〜」な活動に使わせていただきます💋