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幸せは"ここ"にある〜破壊の学校2日目

破壊の学校2日目の朝。使ってない部分の脳が疲れて、目覚めたときに自分がどこにいるか分からなくなるほど寝ました。破壊の初日から持ち越してるモヤモヤが喉の奥に引っかかる小骨のように残ります。

ほっとけばいつか取れるかな〜くらいの喉の奥の小骨。サイズで言うと、イワシの小骨。2日目が始まる前に一回、気持ちを変えようと国民宿舎 コスモピア内之浦の朝風呂に向かいます。同じような気持ちなのかすでに数名の参加者が風呂場で集合。

参加の女性陣と文字通りの裸の付き合い。1日目に感じたことや、自分の持っている課題や破壊したいモノやことや人をシェアしながら。初日から人間臭く繋がり、初めての場所&人の出会いにワクワクし、違和感に悩み、価値観がグラグラし、モヤモヤする。参加者全員がモヤモヤ。モヤモヤするからこそ話したい。いつもより、もっともっと。素直に言葉を選ばず、思いの丈をさらけ出し合う。

いかんせん、ここは風呂の中です。気をつけなければのぼせます。のぼせるけど、もっと話したい、聞きたい!一回、水風呂に入って、整えて、またまたテルマエロマエ状態。湯船に入ると長くは持たないので、円陣組むようにヘリに座り、また語る。聞く。朝ごはんの前に裸でじっくり話したことで、参加者同士より心の距離が近づいてからの破壊の学校2日目がスタート。

私、馬に乗ります

三蔵法師は男なのにドラマなどでなぜ女が演じる設定だったのか。馬を差し出されたら乗ろう。これまでの私は、いいです!私も歩きます、妖怪と戦います!ブンブン武器を振り回しますー!ってしていたな。私は私の役目を果たさなければいけないのに、何かと張り合ってた。

これを聞いたとき、ストンと落ちました。私も馬に乗ります。馬をください。ありがとう!って感謝して喜んで乗りますその馬に!

しょっぱなから、弱さを見せたら負けるとか、今まで抱えていた謎のプライドみたいな頑丈な固まりが、バキッて折れました。音がしましたよ耳元で。何と張り合っていたのだろう、誰かに言われたのか、これは自分自身が勝手に作った"恐れ"ている自分の顔した偶像。

西へ向かう三蔵法師の目的は経典を持って帰ること。猿や猪八戒は妖怪を倒すことが目的。この一行が向かうこところはそれぞれの幸せ。

よく価値観を壊すときに、手放すとか言いますが、腹の底から納得してなくて手放したものはいつの間にかただいまって斜め後ろにそっと近づいてまた同じことやってる。ループ。どこかに行って、イイ話聞いて、熱量高めで知恵熱出たとしても、熱が引いたら、またそっと斜め後ろにいるの。頑ななプライドや地層のように重なった思い込み。”誰か”に”何かを”してもらえるとか、歳を重ねると治ることやドラスティックに何かが変わるには痛みが必要なのかとか、納得しないまま進んでいたことで起こる自分の中の二次障害。私、差し出されたら馬に乗ります。ループした自分の過去はもう今なら手放せると思いました。

いま、手放すという感覚はゴミ箱にポイっと捨てるとか、どこかへ投げ捨てるではなくて、お守りや招き猫や靴を捨てるときのように、これまでありがとうございました、と心を込めて然るべきところに戻すようなそんな気持ち。

見たいと思う世界の変化にあなた自身がなりなさい

Be yourself in the world change you want to see Be yourself in the world change you want to see

ガンジーの言葉。
最後にこの言葉を背景にし、今回の現地コーディネーターの能勢さん、富満さん、中窪さん、松岡さん。(中窪さんのネタはたくさん溢れそうな勢いで書きそうなので今度)

みんな”大切したいモノ”を思う気持ちは同じ方面を向いていて、やり方や立ち位置や立場が違う。だからこそ意見の相違に悩みぶつかり。
昨日今日できたものじゃないと思うんです。

ーー

幸せはここにあるんだなんて、言葉にせずとも写真から伝わってきます。今回ずっと同行してくださってた、カメラマンの本田さん、いい瞬間を沢山撮ってくださってありがとうございます。あのときの空気の肌触りまで思い出されます。

突然過去からの届いた贈り物

奥田さんのお父さんは校長先生だったそうで。当時のPTAの役員の方と当時の教え子の方がお弁当を届けてくれました。

今朝、偶然にもカンパチが引っかかったからっとお刺身にしました、と。さすがの肝付町でも天然のカンパチがとれることはめったにありません。

思わず、四国のお遍路さんの話を思い出しました。私は徳島から今回この破壊の学校に参加してます。四国には88箇所の寺があり、私が生まれ育った加茂谷という町は21番札所の太龍寺の麓が家です。白装束の人が道を間違えて降りてくるとうちの裏の山。

うちは両親共働き、祖父母は農家だったので、小さい頃は明治生まれの曽祖母と子どもだけで留守番をしてました。白装束に泥をつけて、迷い込んでくるお遍路さんに、お腹空いてそうな人には、ちょうどお昼にと炊けたご飯を小さい手で握り、家にあるミカンやジュースを持って行ってもらう。農家の家の大きな一升釜で炊くご飯は熱々で、しょっちゅう火傷です。祖父も祖母も怒ったりすることはなかったですが、火傷に効く薬草はここに生えてるよ、と教えてくれました。

小さい頃から身体に染み込んだお接待(せったい)文化。
白装束は死の衣装。死を覚悟して約1,400kmの88箇所を回るお遍路さんに対して、お接待するのは感謝が欲しいとか、自分への見返りが欲しいとかじゃなくて、目の前の人を自分のできる範囲で助けることで、回り回ってその思いが、自分の子どもや親戚、親兄弟に何らかの形で戻ってくると。お接待とはそういうもんだと思うています。

お父さんが校長時代に渡したバトンが時空を超えて、教え子の方が捌いてくれたカンパチ。ここ肝付町に来た奥田さんと破壊の学校に心惹かれ参加した私たち参加者への過去からの贈り物。

自分の中の小骨が無くなる前に

肝付を視察して感じたことは、0日目から溢れ出す言葉は私の中に閉じ込めておけず、書いては消し、消しては書き。本当に文章を書くことが苦手でして。でも書かずにはいられない。頼まれてないけど、書きたい、書かなければ自分の中の小骨が無くなる前に。

人はモノゴトを忘れてしまう生き物のようです。私もすぐ忘れます。イヤなことがあっても寝たら忘れます。エビングハウスの忘却曲線の画像を貼っときます。人は20分後には42%忘れ、1時間後に56%忘れ、1日後に66%忘れる。

エビングハウス忘却曲線↑

今回訪れた肝付という新体験の”破壊”はエビングハウスの逆の形のグラフになるような気がしています。日にちが経つごとに、頭と心が一致していなかったことを、自分の範囲で無理なく少しずつ認めて、受け取る(※受け入れてはない)ことでそれに伴う行動変化や、新しい風が心に吹いてきた。その風は強くもなく、弱くもなく。雨の日もあれば、晴れの日もある。破壊は乱暴なものじゃない。

今回、主催の奥田浩美さん、本田さん(たからのやま)、肝付町の能勢さん、富満さん、中窪さん、松岡さん、岸良サロンの皆さん、網にかかったカンパチ。本当にありがとうございました。

あれから1週間経ったのですが、破壊は日常に断続的に起こってます。グラグラするし、モヤモヤがそばにいる。雨の日も晴れの日もあるみたいに。そのときは、声に出して、ま、いっか!(0日目のブログ)とつぶやいて欲しい。頭で唱えるより、声に出すことをお勧めしたい。

共に参加した15人の皆さん、これからもモヤモヤとグラグラをシェアして行きましょう。

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