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第十二話 痛みを超えた向こう側

 部屋で泣きはらす湊音。部屋の外では心配してる広見と志津子。

「ミナくんたら、ずっと泣いてるのよ……部屋の中で」
「彼氏とやらと何かあったか」
「やっぱり普通じゃないもの、男同士なんて。また傷つくだけじゃない! 子供だってあっちの勝手なエゴでタネだけ貰われて!」
「志津子、落ち着きなさい……あっ」
涙でぐちゃぐちゃになった湊音が出てきた。鞄を持ってスマホを握り玄関に向かっていった。

「ミナくん! またどこいくの」
「湊音! いい加減にしろ!」
 だが湊音は無視をして外に出ていく。李仁から連絡があったのだ。どうやら訪問履歴を見て湊音が来た映像が残っており、そこにカイが声をかけているのを見て慌てて湊音に連絡したようだ。そして今、湊音の家の前まで迎えに車で待っていると。

 湊音は李仁の車を見つけて助手席から乗り込んだ。顔は怒っている。
「ミナくん……ごめんね」
「いいから家連れて行けよ」
 李仁はアクセルを踏んだ。



 李仁の部屋に入っても湊音は黙ったままソファーに座った。
「ごめんね、ミナくん……カイとこの部屋のことで話してて」
「セックスしてたんだろ? 僕じゃ満足できないって……」
「……した。ごめん」
 部屋の中は静まる。湊音は立ち上がって寝室に行く。確かにカイの香水の匂いとセックスした後の独特の匂い。

「……セックスしないとダメなのか? 恋人でいるには」
「そんなことないわよ。いつまでも一緒にいる!」
「僕と満足できないからって他の男に抱かれるのか? そんな李仁にどう接すればいいのかわからない!」
「ごめん、ミナくん……」
「李仁ぉおおおおお」
 湊音は泣き崩れた。その彼を李仁が抱きしめる。

「僕はどうすればいいの? 李仁の中に入れないっ。君を満足させられないっ! そしたら君は僕から離れてしまうっ」
「離れない、離れないから……」
「僕から離れていく……」
 泣きはらす湊音を李仁は強く抱きしめる。それも数日前に大島からとある話を聞いていたからだ。

◆◆◆
 大島が一人でバーで来た。学校にバレて大騒ぎになった後のころ。

 たまに大島が一人で飲みに来ては李仁に、ぐだぐだ話をしていた彼だがこの日だけは様子が違った。
「まさかおまえらができてたなんてな」
「ちょっと街中で抱きつくのはヤバかったかしら。普段他の彼とはしてたから」
「大胆だな……」
「それぐらい恋愛は直球なのよ」
 大島は頼んでいたビールを飲み、つまみも食べる。しばらくは客が数人いたため黙っていた二人だが、客も少なくなってようやくいつものように話をし始めた。

「湊音はああ見えて繊細なやつだ」
「うん、わかる。手のかかる子だなって」
「付き合うからにはちゃんとそれなりの覚悟しろよ」
「なんで?」
いつもとは大島の態度が違うのに気づいた李仁。

「あいつから聞いたか? 過去の話とか、家族の話とか」
「うーん、ご両親のことはちらっと」
「……母親のことは?」
「雑記編集者って聞いたけど」
「そうか、生おかわり」
 李仁はジョッキを持ったまま大島を見る。

「その母親は育ての母だ」
「えっ?」
「本当の母親は彼の子供の頃に目の前で死んでいる。自死だったらしい」
「……学生時代は安定してたが教師をして2、3年目に自分の生徒の親が亡くなったときにその生徒の気持ちにつられて過去のこと思い出して一年休職したんだ。当時仕事もきつかったのもあるが」
「……」
 李仁は黙ってビールをジョッキに注いで大島に渡す。

「たまにボーッとしてる時があってな。大丈夫が心配になる。支えられるのか? でも李仁さんはポジティブすぎるからなー。そこが湊音のネガティブさといい塩梅になってるかもな」
「そーだったんだ……」



◆◆◆

 李仁はこの時の大島との会話を思い出した。とても脆くて弱い湊音。失いたくない、それが湊音の、思いなんだろう。
 セックスができなくて李仁を満足させられない、だから離れてしまうのかと。

 つい最近も明里に振られてしまった。そしてすぐその後に付き合った李仁とも離れてしまうのではと。

「大丈夫、ミナくん。わたし、セックスできなくても大丈夫」
「他の人が代わりにいるだろ? その人の方いきなよ」
「嫌、ミナくんがいい。ミナくんじゃなきゃやだ。離れたら、ミナくん……」
「……」
「確かに満足できなくてつい元彼に体求めてしまったけど元彼には未練ないし、体は満たされても心は満たされてない……」
 湊音は李仁の手を握る。
「じゃあ僕は体満たされてないけど心は満たされてるの?」
「十分心満たされてるわ。体は……何か他の方法を……二人で見つけましょう」
 湊音は泣きじゃくった顔を李仁に見せた。李仁には子供の泣き顔のように見えた。そして思いっきり再び抱きしめた。

「愛してる、ミナくん」
「李仁……」
「こんなに可愛くて優しい子……他にはいないもの」
「ありがとう、李仁……」
 李仁は湊音の涙を拭う。李仁も涙を浮かべている。

「こんな顔グシャグシャにしちゃって。お風呂で洗ってきなさい」
「うん、家飛び出したから帰れないからお風呂入るね」
 二人は見つめあって笑った。


 二人はそれぞれ風呂に入り、下着のみでベッドの上に行き向き合う。

 李仁は湊音をジトッと見つめるが、湊音は不安そうに見ている。

「愛してるよ、ミナくん」
「うん……」
 優しく湊音を横に倒して上に覆いかぶさって李仁はキスをする。

「ね、ねぇっ……李仁、いつも僕が上なのに」
「ん? ちょっとね……それよりもキスしたい」
 キスを深く深く、舌も絡ませた。いつもとは違う体勢、互いの心音も体温も高まる。

 李仁が湊音の首元に吸い付いてキスマークを残す。

「あのね、ミナくん……もしかしてと思ってさ……」
「ん?」
「ミナくん、こっちなのかなって」
「こっちって……」
「逆かなって」
「……!」

 湊音が気づいた頃には自分の股を開かれた。そう、彼が受ける側になることである。もちろんそんなことは初めてである。

「大丈夫、ちょっと痛いかもだけどわたしのは基本的に小さい方だし……」
「確かに小さい……」
「ちょっと傷つく!」
「ははっ、冗談」
「もぉ……」
「でもちょっとやっぱり……」
 李仁は緊張している湊音の下にタオルを敷く。ベッド脇に置いてあるローションとコンドーム、もう一つゴムみたいなもの。
そのゴムみたいなものを李仁は指につけ、そこにローションを垂らす。
 湊音はどうしていいかわからず仰向けのまま。

「力を入れちゃダメよ。わたしも最初怖かったけど相手がすごく好きだったからすぐに痛みより快感がきたわ」
「……な……」
 また李仁からキス。湊音は彼の体を抱きしめる。
「力、抜いて……」

 優しい指遣いに湊音は次第に息が荒くなる。李仁も彼の悶える姿に興奮してくる。

「こういうのも新鮮で……」

『最初は優しくするって、じっくりほぐすって言ったのにいいいい』



 湊音はなんともならない声を出す。
 李仁は鼻息荒くし湊音の反応を見ながらも快楽を感じる。


 痛み、痛み、痛み……それしか感じない湊音。だが、だんだんそれを越え……。



『気持ち……いいっ、けど痛い……』

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