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第十九話 元彼?

 後日、李仁はバーの店長から退職届の受理された。辞める際には盛大なパーティーをしたいとのこと。

「そういえばさ、結婚したことは伝えたけどパーティーがお互い忙しくてできなかったしミナくんのこと紹介してない人もいるから結婚パーティーも兼ねてやろうってさ」
「今更ー」
「うん、今更」
「だからスーツ新調しに行こう」
「そこまでしなくても……」

 と、数日後にいつもスーツを作っているテーラーに2人で行った。

 そこには190超えの初老のベストスーツを着た男が待っていた。
「いらっしゃい。話は聞いたよ、バー辞めるって」
 あの時病室の外にいたシゲさんだ。湊音は見上げるほど大きいシゲさんに会うたびドキドキしてしまう。
 高身長だけでなく、いい香りのコロン、低い声、きっと昔はイケメンであったろう顔立ち……だが彼も実は李仁の元カレでもあったりするのだ。

 李仁からまず採寸。
「一応退職パーティーで着る服だけど普段でも着られるスーツがいいなぁ」
「なるほど。生地も良いものにアップグレードして……あ、生地代は餞別で安くしておきますよ」
「さすがぁ、シゲさん」
 湊音はこの2人のやりとりを見てジェラシーを感じてしまい耐えきれなくなって外へタバコを吸いに行く。
「僕と一緒に生きてくとかなんだの言いながらも元カレとイチャつくなんて最悪」
 独り言と煙を一緒に吐く。
「てか、李仁がタバコやめたのに僕もタバコやめなきゃなぁ……」
 と二本目を吸おうとしたところで李仁がやってきた。
 おう、と湊音はミントを口に入れて店に入った。

 大きな鏡台を前に採寸を始める。湊音は168センチと身長は低めだが剣道部の顧問で道場も通うため昔よりかは筋肉がついている。
 李仁に会う前は身なりには無頓着でサイズに合わない安物のスーツを着ていたが、シゲさんを紹介してもらってから体格に合ったスーツを作っている。体格も知るようになってからは普段から着ている服も気を使うようになった。

 髪型もだ。大輝に湊音に合う髪型を提案してもらってから自分でも気にするようになった。鏡を見る回数も増えた。それもこれも李仁とであってからである。
 と、湊音は採寸をしてもらいながらふと思う。映る鏡ごしに李仁と目が合う。何度も見ているのにどきっとしている。
 湊音に対して李仁は180センチで小顔、足も長くスタイルが良い。

「湊音さん、少し胴回り大きくなられましたね。でも前と同じでもいけますけどどうしますか」
「つまりそれは……太った……」
 湊音はお腹を見る。李仁も後ろでニコッと笑う。
「僕も健康に気をつけなきゃな……」
「適度に運動してても年を重ねると若い頃のようにはいかないんです」
 というシゲさんは190センチ、すらっとしている。チラッと横目に棚にはいろんなお客さんの写真が置いてあるがその中の一つに李仁とシゲさんの写真もあった。

 まだ当時ホストでもあった金髪時代の李仁とこれまた若くて黒々とした髪の毛にリーゼントのシゲさんのツーショットの写真。湊音はそれを見るたび胸が痛むのだが最近はかっこいい2人だ、と思うようになった。
 そして自分の体型、長身の2人には劣るなぁと鏡を見ながら

「前と同じでお願いします」
 と苦笑いの湊音だった。

  店を出て二人はシゲさんからもらったワインに合うおつまみをお店で選ぶ。
「なんかいつも悪いなぁ……こんないいワイン」
「私たちだけよ、こんなにしてくれるの」
「そうなん?」
「最近若い人はスーツをオーダーすることないし、シゲさんは娘さんしかいなくて彼が引退したらあの店閉めてしまうしね……私たちのことを息子のように思ってるとか言ってた」
「……そうなんだ。跡継ぎがいないのも寂しいよね」

 ふとそう湊音が言った後、自分たちもだなと思いながらも前みたいに気まずくなりたくないのかアレコレおつまみを物色する。

「ミナくんの遺伝子は残ってるんだからさ……跡継ぎはあるじゃない、あなたには」
「ん、まぁ……」
「今度会うんだって?」
「うん……なんか息子が剣道教えてほしいって」
「いいじゃないー。きっと腕いいわよ」
「李仁は嫌じゃないのか」
「なんで? 生ませたら会わずにおしまいよりかはいいけど」
「養育費も払ってないし、今更父親ヅラしてもさ……」

 湊音は動揺して普段食べないブルーチーズを手に取る。
「それに同性愛者だって知ったら……」
「そんなこと気にしてるの。まだ教えるのは先の話でしょー」
「だよな、まだ小学生のチビにはハードモードすぎるか」
 ブルーチーズを戻した。

「私のことはなんて紹介するの?」
「……それなんだよな」
 普段は互いに人から聞かれたらパートナーと答えている。前はとっさに夫と言ったことがあった湊音だがどっちが夫で妻でとかは考えたことがない。
 ベッドの中もどっちがどっちとは決まってないわけだと思いながらも。

「まぁ仲良くしていたら父親の大切な人、て思ってくれるんじゃない?」
「なのか……?」
「父親が幸せにしてたらそれでいいのよ。ねっ」

 李仁がそう言って微笑んで湊音の手に持っていたブルーチーズを棚に戻した。
 湊音はハッとして

「てかさ、何気に僕の話にシフトしてシゲさんの話を流そうとした?」
「え、なんのこと?」
「絶対シゲさんは李仁の好きなワインだってくれたんでしょ、これ」
「そうかのかしら?」
「ぜったいそうだって」
「まぁ昔からご贔屓してますから。て、ミナくんーヤキモチ? ふふふ」
「もう嫌ーっ!」
「かわいい、ミナくん」

 重苦しい話も最後は笑って終わる。不思議な2人である。


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