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第五話⭐️ ドメスティックプロフェッショナルー専業主婦は経歴に書けますか?ー

今までのはこちら


 危うく謙太の気の利く姿を見てキュンとなり、自分には推し活は必要はないと思ってしまったことを撤回したくなった加奈子はあと5回は1人で堪能したかったアイスを家族全員で共有することになってしまって落胆していた。

 なおかつ自分の分を相馬がワンスプーンおねだりもして結局2スプーン上げることなったのだがここで拒否をすると機嫌を悪くしてその後の家事に支障をきたして自分の時間を減らしてしまうというのをわかっているためしょうがなく、のことであった。

「仕事もして家事もしっかりして偉いわねー」
 と結婚してからずっと専業主婦であった香純はアイスをゆっくりゆっくり味わっていた。

「そんなことないです……謙太さんのおかげで」
 と一応言っておけば香純の機嫌も良いと言うことはわかっている加奈子。以前は加奈子が仕事をしたいと言ったら
「うちの謙太が稼いでないっていうの?」
 と言われたものである。庭木の剪定でさえも
「謙太は家族のために汗水流して働いているのに休みの日も働かせようとするの?」
 と言って義父母揃ってやってきて剪定してきたのだ。

 義父に関しては無口だが何も言わず香純の言いなりのような感じでもあるが謙太が言うには厳しい頑固親父で厳しい人、仕事命で全てを妻の香純にさせて送り迎えやら何やらも。
 義母はサポートすべく仕事も辞めて義父に捧げていたのだという。だからか謙太は同じように加奈子にこれをやれ、あれをやれと見たまま振る舞ってたようである。

 しかし加奈子は父がそう言うような振る舞いを母にはしたことがなく、進んで育児家事を手伝いをしていばっている姿は見たことはなかった。

 だからこそ謙太に命じられた際に拒否をしたら謙太の機嫌が悪かったのだ。しかも家出までされて義父母たちに怒られたのだ。こっちが家出したいと思い、離婚を考えた加奈子だったができなかったのはお腹の中に子供がいたからであった。

 この子供たちを守れるのだろうか、今の自分でと泣きに泣き腫らした結果、従うまでしかない、それが自分と子供を守れる行為だと。
 だがやはり無理はあった。

 一度は父の部下だったからなんとかしてくれないだろうかと父に相談しようと考えたこともあったが父の面目を潰すことになるのではと断念した。
 専業主婦になるにあたって母や祖母とぶつかって喧嘩した末に結婚した加奈子は母や祖母に相談もできなかった。反対された理由もそういうことかと思ったが……。

 自分が決めたことである以上、咲いた場所で咲きなさいという理念を飲まざる負えなくなってしまった加奈子だ。

「加奈子さんは本当にいい仕事見つかって良かったわねぇ。条件も良いじゃない」
 土日祝日休み、年末年始お盆、GWは休み。義父母夫が大喜び案件だが……。

「夏休みは子供たちがお世話になるかもしれません」
「いいのよーそれくらい」
「センターでも午前中は寺子屋やってて見てもらえるらしくって」
「そうね、託児よりもお安いしー私たちも助かるわあ。私たちもそれなりの保育料いただきますけどーほほほほお。ねぇ謙太ちゃん」
 謙太はあぁ、と。

 そう、世間で言う夏休み、冬休み、春休みは仕事が休みにならないという現実もあったのだ。いくら坂本さんが家庭重視でと言われても加奈子は心が痛むし、まず稼ぎイコール生活費の足しになっている身からするとこれ以上生活費が増えないのであればその休みも馬車馬のように働かないと採算が合わない。

 幼稚園や小学校では働いている親のためにお預かり制度があるがそれらの長期期間で夏休み以外は実施されていない、夏休みは通常の倍の値段であり、なおかつその期間は謙太から子供2人分の昼ごはん代の加算もない。働いてもマイナスになる。

 しかしお預かり制度を使わなくてもセンターで行われる寺子屋は格安でなおかつセンターの職員や自治会役員が優先(と言っても現職員で子どこが小さいのは加奈子のみ、自治会役員の子育て世代も自治会集まりの際のみ)のため無料で勤務中に確実に利用できる優遇を得た。

 なおかつこう自分から預かると言う義父母、仕事が休みの時ならと言っていた加奈子の両親もいる加奈子はこれをしめた、と思った。親に関しては金を取るようなことをしないがある程度後日お礼はするし、義父母に関しては謙太からそれなりのお礼の金額をださせればいい。心の中で加奈子がガッツポーズするがなんでこうもあんなに反対した義父母は賛成したのだろうか。

「ねぇ、たまに〇〇さんあのセンター出入りするでしょ?」
 と香純。
「え、あぁ……」
 ふと〇〇さんという初老の女性がほぼ出勤日に見るし、坂本さん曰くほぼ毎日くるよと言われていたことを思い出す。

 ご主人を亡くしてからほぼ毎日来るようになって坂本さんや利用者さんと話をしていくうちにサークル活動に参加するまで回復し、加奈子もすぐに名前を覚えてもらった。

「なんかお隣の△さんと仲良いようだけどその辺の事情知ってるかしら。また再婚するんじゃないかって噂してて」

 △さんと言う同じく奥さんを亡くした初老の男性。彼は習字サークルのリーダーで〇〇さんに声をかけたのが始まりで仲が良く、坂本さんも2人は仲がいいけど再婚する気はないってと。

 事情は2人は話したがらないけど周りの人たちがおせっかいかけて別れかけたらしいとそこまで教えてくれていた。
 噂話好きな香純は知りたがっている。ハハーン、と加奈子は思ったのだ。近所の人たちが出入りするセンターに就職を許した理由を。

 だが加奈子はキッパリといった。
「そういう個人情報はお口チャックでー誓約書書かれているんです、謙太さんにも署名してもらって……ねぇ」
「う、うん。そうなんだよ。聞くはずもない俺の職場名まで書かされてさ。余計なことをしてもめごとにでもなったら俺ら夫婦だけじゃなくて子供たちまで影響出るんだからな」
 と謙太は口を尖らして渋い顔で言う。誓約書は確かにもらったのだがもう1人のサインは誰でも良かったのだが職場名まで書く羽目になった謙太はそこは慎重になっているのだ。

 香純はわかったわ、と眉を下げているが
「センターにたまには顔覗かせるわね」
 とやはりの展開になったのだが謙太から口すっぱく言われてすこしがっかり気味の香純であった。


 とある日、加奈子が仕事中に来訪者が来たのだ。
「お母さん!」
 ここ最近は老齢の人間ばかり見ているせいか64歳の加奈子の母、玲子が少し若く見える。

「あら、玲子さんー」
「久しぶりです、はなえさん」
 玲子が頭を下げる。加奈子はその様子を見てびっくりする。

「え、2人知り合い?」
「おばあちゃんのお得意先の人よ、あんたは小さかったから覚えてなかったかと思うけど……今ははなえさんの紹介でお仕事もらってて……お孫さんとか……て個人情報だけど大丈夫かしら」

 大丈夫よぉーと坂本さんは笑った。あまり坂本さんはプライベートのことは話さず、夫はいるとは言っていたが子供や孫など構成は知らなかった。
「名古屋の方で息子夫婦のカフェのデザインしてもらっててね。先日もリニューアルでお世話になって。玲子さん所のデザイナーさんが腕が良くて」
「いえいえ、オーナーのお二人が頑張ってくださってて私どもも頑張らせてもらっています」

 加奈子は母の接客姿をあまり見たことがなかった。加奈子が結婚してからは自宅をオフィスにして在宅で仕事をしているのだが目の前で客と接する母親の姿を見て普段家で家事や勉強をしてるのとはまた違う一面だ、とまじまじと見てしまった。


 今時は仕事上得た情報は家族であっても漏らしてはいけない、ときっちり誓約書を書かせるほどであるが今も昔もそうだと思うのだが田舎となると情報ダダ漏れなことが多い。多くの人たちが集う場所であり、中には悩みを抱えてくるものもいる。居場所を求めて来るものもいる。

 しかし玲子はあの噂好きの義母の香純のように噂話は好きではない。あくまでも仕事として、お客さんの好みや求めているものを知るためにいろんな情報を持っているのだ。

「今日は近くの方は仕事に来たのでご挨拶しに、ってうちの子もう、40歳近いのに……いつまでも親って心配で」
 そうだそうだ、と加奈子。そこまで過保護でなかった気もする母親の突然の来訪にタジタジなようす。

「わかりますよ、でも安心してください。娘さんは本当に細やかな所に気づいてくれてセンターも綺麗になりました。利用者の方からもそう言われて……」
 坂本さんは気づいていたようだ。加奈子は、掃除をしてもあそこしておきましたよ、汚かったのでやっておきましたよとは言わないようにしてきた。

 結婚してから義父母たちが勝手に掃除を不在中にこれした、あれした、感謝しろというものだからすごく辟易していた。
 しかも自分があまり気づかない細かなところまで先回りで掃除されてやってやった、感謝しろと言うことがなんどもあったため、加奈子も日頃から先回りの先回りをして細かなところまで掃除するようになったのもある。

 だから自分では言うまいと思っていたのだが……。

「私あまり掃除とか得意な方じゃないし……今日は窪田さんいないから言うけどあの人も掃除やるよーな人間じゃないからついつい怠けてしまいましてね……見えるところはもちろんするけど細かなところまで目がいかなくて」
 玲子もびっくりしていた。昔は部屋の汚さで喧嘩になったくらいなのだ。

「あと利用者さんは私みたいな高齢者が多いでしょ、ちゃんと目線も合わせてその人との言葉や声の大きさを変えて話してしっかり話を聞いてくれる……素晴らしい」

「うちの子、おばあちゃん子で祖母との時間も多かったし、お客さんともお話ししてて慣れてたのかしら。それが役立っていたと思うと亡くなった加奈子の祖母も喜びます」
 そう、花屋をしていた祖母は亡くなった。最後まで加奈子の結婚に反対し、結婚後三年目の時に亡くなった。



 ちょうど昼休憩もあり、加奈子は母と近くのカレー屋で昼ごはんを食べることにした。

「お母さん、仕事じゃないでしょ」
「……バレた?」
「バレバレだよ。服が普段着」
「ぎくーっ」
「今時そんなこと言う?」
「言わないよね……」
 久しぶりに2人でランチだ。結婚して子供が生まれてからは必ず子供連れてだったがこうして2人で食べるのも結婚以来である。

 結婚は反対していたものの玲子は加奈子のところにちょくちょく平日顔を覗かせていたのだ。

「どう、あの職場は」
「んー……なんか業務内容が定まってないけどそれなりに楽しいよ」
「雰囲気も良さそうだし、坂本さんだったら大丈夫よ」
「まぁ色々と間に入ってくれて助かってるのもあるかな」
 加奈子は福神漬けをおかわりした。バリバリ食べる。

「でも育児と家事と仕事両立するのって本当大変……おばあちゃんやお母さんなんてもっとハードワークだったし……」
「やればなんとかできるわよ。あなたなんて尚更すごいわ。何もしない謙太さんの世話もしてようやるわ」
「……ここだけの話にしておくね」
「当たり前でしょ、黙っておいてね」
 よく思えば祖母と母の夫たちは働く妻に文句を言わなかったし最初家事は手伝っていなかったらしいが次第に自分のことをちゃんとするようになり、さらに家のこともするようになってきたと言う。

 加奈子はそれは知らなかったし、祖母が亡くなった頃に彼女の夫にあたる先に亡くなった優しい祖父の昔は頑固親父だったと言うエピソードを父から聞いた時には驚いた。

 かくいう加奈子の父も親に似て昔は頑固だったが父の姿を見て妻のサポートをするようになったという。

「謙太さんはどうかわからんけど、育てられたはずの人間を育てるってのはコスパ悪いからね」
「うん……」
 よく妻は夫を育てろ、手のひらで転がせと言われたものだが子供2人もいるのにと辟易していた。

「あのセンターの人たちや坂本さんには申し訳ないけどあそこで働くのは通過点かもしれないし、ずっと働くかもしれないし、また専業主婦に戻るかもしれない……それはあんたの選択次第よ」
「……とりあえず一年がんばるよ」
「そうね、あんたは賢いんだから……何か思惑はあるでしょ」
 賢い、そうよく祖母は言ってくれたと加奈子は思い出した。
 そんな気はなかったのだが何かあるたびそあ褒めてくれた祖母。

 学校からは4大にも行けると言われたが
『何も意味なく4大に行くより専門的な勉強ができるところがいいんじゃないの』
 と祖母は言っていた。
 でも加奈子は4大卒の方が給料が高いからと4大を選んだ。

 確かに給与は高かったが結局一年しか社会人としてはいなかったし単位を早めに取ることを優先してしまい幅広い分野で単位を取ってしまったせいか際立って一つの分野を極めることができず自分は何が得意なのかが不透明なまま卒業してしまったせいで少し後悔している加奈子。
 でもいろんな知識は齧れた、と言いつつも専門学校での勉強の方向もあったな……と。

「でも人生、いろんな分岐点があって望んだ通りいかないから。それでもあんたは何とかなってる。結婚してすぐ離婚するって泣いて戻ってきた時はどうしようかと思ったけど」
「そんなこともあったね。でもばあちゃんはほれみ、って……」
「でもずっと心配していたのよ」
「……」
「10年近くかかったけど、良かったよ。どうなるかと思ったけどばあちゃんの通りになったわ」
「えっ」
 加奈子は玲子を見た。

「上の子が10歳になるまで待ちなさいって。それでも加奈子が辛い思いをしていたら助けてやりなって、それまでは話は聞いて生死に関わること以外は黙って見とけと」
「……」
「それまではなんとか加奈子は歯を食いしばって自分の力でこの人生を生き抜く……その苦しかった時のことを後で活かせるって。酷なことだったけども」
「そうだったん」
「あんたが10歳頃くらいにようやく私も働けた、ばあちゃんも後から聞いたら父さん10歳の頃くらいに花屋始めたって」
 今年大我は10歳になる。正直のところ助けて欲しかった、加奈子は何度も心の中で叫んだが逃げ出しても助けを求めても自分が不利になるだけだと耐え抜いた。その頃のことを思い出す。

「まだ乗り越えなきゃいけないこともいくつかあるからね」
「……うん」
「子供が病気するとか、それがうつって自分も病気になる」
「子どもからうつる病気って結構親って重症化するよね」
「私もあんたが体弱かったからしょっちゅう貰ってたわ」
 2人して笑った。



 そして案の定、数日後に相馬が幼稚園で風邪をもらい大我、謙太、看病疲れした加奈子にもうつって一ヶ月近くも仕事を休みにする羽目になるのであった。


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