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トモラボ♬

久しぶりにradikoでじっくりと考えながら聞き入ってしまう番組と出会いました。ブルゾンちえみさんこと、藤原しおりさんがパーソナリティを務める番組で、J-WABEで毎週土曜日の20時から放送されています。ラボとついているだけあって、番組が研究所になっているんです。身の回りにある困りごとをゲストと一緒に話し合って研究してみるというコンセプトなんですが、私が今回初めて聞いた回のゲストさんが、ジャーナリストの堀潤さん。テーマ『イシュー』は、“平等”。

あなたが思う“平等”とは?

これ、すごい簡単な漢字二文字の言葉で小さい頃から当たり前のように使っていると思うんですけど、考えるとものすごい難しいテーマだなって聞いていました。最近になって、ジェンダーについてだったり、多様性の時代なんて言われてその人が1番その人らしく居られる生活を、何の制限もなく出来る世の中になるべきではないかっていう考えが少しずつ出始めてる中で、“平等”ってだけだと今の時代にはムリなことなんじゃないかなと私は思いました。○○の平等。って言い方をすれば、まだ可能だと思うんですけど、漠然とみんなが平等であるべきって言われても、産まれた環境からすでに“平等”さはないわけで……。

否定しないで…

とまぁ、こんな難しいテーマについてお二人で意見を言い合っているんですが、私は内容どうこうを言いたいんじゃなくて、このお互いが自分の意見を出し合うそのお互いの姿勢に心を動かされました。ここで今すぐ答えが出るわけでもない壮大なテーマについて意見を述べるにあたって、ちゃんとお互いの考えを尊重しあっているのが素敵だなと思いました。私は、昔から自分の意見を素直に相手に伝えることがものすごく苦手でした。というのも、正しい意見を言わなければ、バカにされるだとか、頭ごなしに否定されたらどうしようだったり、自分に意見を素直に相手が受け取ってくれる、受け入れてくれる人が周りにあまり居なくて、否定してくる人ばかりでした。それに、私がまだ学生時代のころは、答えがちゃんと決まっているものに対しての意見ばかりを求められることが多かったように思います。だからこそ、ちょっとでも趣旨がずれていたり、的はずれな考え方というか答えを言ってしまったら怒られるものっていう方程式が決まってしまっていたと思うんです。

でも、今の年齢になってみて答えがもう明らかに決まっていること以外の物事について、もっといろんな人が話し合うべきなんじゃないかなって思うようになりました。そしてそれがまだ誰も答えを知らないテーマならばなおさらに、今日聞いたラジオのお二人の会話のように、お互いの考えを全く否定せず、むしろ、そんな考え方も出来るんですね!勉強になります!!みたいな姿勢で聞く事が出来たら、いいのになとすごい心から思いました。

自分にしか出せない意見

その時思ったことって、その時のその人にしか出せないものだと思うんです。大まかな感じで捉えれば、大多数一緒でしょと言われてしまうかもしれませんが、細かいところに焦点を当てれば、最終的に出した答えは一緒でもそこにたどり着く過程は全く違うものだと思います。そして、その過程こそが大事だと思うから。ちゃんと、否定せずに一旦は受け入れて、せめて受け止めてほしい。

『私は、これは○○○だと思うので、□□□するべきだと考えます。』

「そんな訳ないだろう!どうしたらそんなやり方になるわけ?要はこうすることが1番だろう!」

って言う人が苦手です。相手が考えを伝えたことに対して、あなたには思いつく訳もない意見だったとしたら、そんな意見もあるんだねって貴重な考えを教えてくれてありがとう。くらいに受け止めてほしい。

答えを出すことに、争いはいらない

小さい時に国会中継を見て、この大人たちは口喧嘩することが仕事なんだと思ってました。今、改めて国会議員さんたちの話し合いを見ても、口喧嘩ではなくても人の揚げ足を取る事が仕事なんだと思ってます。皆さん、この国を良くするために働かせて下さい!って選挙のときにはこれでもかってくらいの作り笑顔で握手をしてきて、いざ当選すれば聞く耳持たずの怒鳴り合い。

あ、私人の怒鳴り声とかも聞くのが苦手です。なので、白熱した討論会とか苦手です。討論会にしても、国会にしても、良い答えを出すのに言い争いは必要ないと思います。お偉い身分の方々のお話し合いが、藤原しおりさんと堀潤さんのようなものであったなら、世の中もっと思いやりが溢れてるんじゃないかな…。と同時に自分の意見にちゃんと自信をもって答えられる人間にならないといけないなぁとも思いました。

自分軸、大切に。

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