就活日記② 〜愛すべき非日常編〜
新幹線に乗っている。実にひさしぶりのことだ。
京都発、各駅停車のこだまを選んだのは、料金の安さが魅力だったからに他ならない。というか正直なところ、母に言われるまで各駅停車であることにも気づかなかった。
そのため、めっちゃ時間がかかる。京都から東京まで、じつに3時間半の長旅である。
午前9時8分。
眠い目をこすりつつ、ホームで欠伸をかみ殺す。すべりこんできたこだまに乗り、三列シートのいちばん通路側の席に腰を下ろした。
足元の狭いスペースにスーツケースとリュックを詰め込み、脱いだスーツのジャケットとコートをたたんで膝にかける。
発車直後、母の作ったおにぎりを頬張りながら、周りを見渡してふと思う。
みんな、携帯さわってないな。
そうなのだ。ガイドブックや漫画を読むひと、お弁当を食べるひと、同行者との会話を楽しむひとなどは目につくが、通勤電車のようにずーーっと携帯を触っているひとは(わたしの見る限り)一人もいないのである。
春ただなかの日曜日。行楽に出かけるひとが多いのだろう、車内の空気もいつもよりゆったりと流れているようだ。
そのことが勝手に嬉しくなったわたしは、頬が緩むのを感じていた。
あんまり好きじゃないのだ。通勤電車の、あの殺伐とした空気。見渡す限りスマホの群れ。血眼になって空席を探す、あの感じ(もちろん、わたしもその一人なのであるが)。
指定席の車両にいたせいもあるだろうが、普段とまるで違うその車内の空気は、圧倒的に呼吸がしやすいような気がした。
ほこほこしながらご機嫌に座っていると、ひとつめの停車駅で不意に声をかけられた。
「良かったらその荷物、上にあげましょうか?」
それは、右隣に座るご夫婦の男性だった。
ぎゅうぎゅうの足元を見かねてそう言ってくださったらしい。荷物棚までが遠いので、載せるのを諦めていたのだけど、
「え、重いし申し訳ないです……」
とわたしが言い終わるより先に、スーツケースをひょいっと抱えて荷物棚に上げてくださった。
なんということでしょう…! と、感激する間も与えず「降りられるときに荷物下ろすんで、言ってくださいね」などと言う。
その後、二言三言交わす中で、ご夫婦もわたしと同じ東京まで行くことを知った。
心がじつに、ぬくかった。
あーうれし。今日はきっと良い日になるに違いない。
キオスクで買ったコーヒーが効いてきたのか、だんだんと目も開いてきた。残り2時間半、有意義に過ごすこととしよう。
まずは昨日やり残した、エントリーシートを書くとしようか……。
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