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聖と俗はつながっている、つまり日常ってこと!

はぁい、ゆかりです🙋‍♀️
なんとなんと『スピリチュアル・インテリジェンス』講座もファイナルを迎えました。
これってもっともっと探究のしがいのあるテーマ。
で、『学び3.0』という最新の学びシステムの『場』って本当にすごい、ってことも声を大にして叫びたいよ!

【現実社会に生きるスピリチュアルな二之湯武史さん】

スピーカーはファイナルを飾るにめっちゃ相応しい、実業家であり政治家であり修験道を歩まれている「二之湯武史」さん。
「二之湯さん」なんて、お名前も素敵すぎ、日本的で音も癒しの音〜。

二之湯さんは、法人や社団などの理事、代表を10団体以上務め、16社の経営コンサルタントもされている。
で、修行の道を日常的に進まれている。

例えばほとんど誰もが知っている松下幸之助さん稲森和夫さんのような。
実業家で、目に見えないものの力をしっかりと根付かせて活用しつつ、現実的にはっきりと誰の目にもわかる形で実利を上げている、というような。
「スピリチュアル」は「リアル」なことでもってして、はじめて発揮しているという大いなる実例だ。
そこんとこをちょっとでも自分の頭で考えたことがあるならば、目に見えないものを「あやしい」で片付けてしまうのは狭い了見ではないか、と今なら思う。
「今なら」がミソで、私も過去「スピリチュアル」を否定していた。
この話は長くなるので、また今度改めて!

【忘れられた日本のスピリチュアリティ】

二之湯さんは、日本のリーダーや代表者たちのスケールが小局的であることを憂いておられるようだった。
私も同感である。
政治家、経営者、スポーツ選手、芸術家、本の著者である大きな影響力を持つリーダーたち。
目先のことの目標を第一に、さらには保守的というか保身的である。
世界のリーダーの足元にも及ばないようなビジョン。
ちょっと厳しめに書き過ぎた、ごめんなさい。

戦後、行き過ぎた西洋至上主義に染まってしまっている我が国において。
日本が戦前まで大切にしていた魂は何処へ去ったのか?
「仏性」を失くし、「国家」が「神」へとすり替わってしまったがため、現代人の中に「信仰」が薄いのももっともだ。
教育の現場や生活から断絶されている状態が常識な通念となっている。

だが、否定的や悲観的な見解だけでは、もちろんあるはずもない。
ただ単に私たちは、その精神性の自然(じねん)を過去に置き去りにしてしまっているだけで、本来ちゃんと備わっている「スピリチュアリティ」がリアルに存在している。

日本には「道」がある。
西洋的な理詰め、バーチャル知識ではなく、体感に通じたものが「スピリチュアル」なのではないか。
「道」は全て、体感を伴うものである。
他にも体感を通じて身体を使ったプラクティスは数多くある。
日本古来の日本発祥のものに捉われることはないが、日本の魂を感じ起こさせてくれるものが、なんとなく良いように感じた。
私は「坐禅」がしっくりくるかな。
茶道も華道も書道もしっくりこないし、柔道や剣道や合気道も多分しない。
武道の「型」は凛とした舞のようで少し興味あるなぁ。
もっと広げて、踊る瞑想、ヨガやキールタン(歌うヨガ)などは心地よいと感じる体感に通ずるプラクティスだが、「道」と呼べるかというと厳密には異とするところだろうな。

【結びに代えて】

『スピリチュアル・インテリジェンス』を探究すればするほど、私たちは失ったり忘れたりしていることを、忘れているということを忘れている、と確信が深まる。

しかし。
やはり総じて、スピリチュアルって全くもって、特別なことでもなく幻想でもなくおかしなオカルトや新興宗教でもなく、ましてやサイキックで超能力的なものでも、ない。
超日常的で、足元を踏み固める叡智

ステレオタイプなイメージが先行しているのは、我々が西洋至上主義に染まり、ニューエイジとかチャネリングとかヒーリングが逆輸入されているからなのかなぁ。
それだけではなく、声が大きく目立つインフルエンサー的ないわゆる「スピ系」が、イメージを作ってくれているからかなぁ。
なんか失礼な文章だったら、ごめんなさい、ただの個人的な感想です。
本来、とても自然とつながっていて、自分と深くつながった体感から得ること、その知性でしかないなぁ、って。
個人的にはそう感じるのです。
どんどん深めてそう思うようになっている。
「スピリチュアル」は現実でないと、ただの思い上がりの幻想です。
呼吸の中にもスピリチュアリティは在る、ただ在る。
それを忘れてしまって、気づかないだけなんです。

科学や経済の発展や発達ってね。
精神性(スピリチュアリティ)が密接に関与している。
その意味でも現代日本人が、東洋と西洋の文化を結び、リーダーとなっていく時代に差し掛かり、忘れてしまった本来のスピリチュアリティを思い出して取り戻していくってことは、結構急務なんじゃないでしょうか。

「スピ系」と違って、いいことだけ、ポジティブだけ、思い通りに引き寄せ!的な楽観的なものではなく、本来の本質的な。
天地自然(てんちじねん)とは、「うまくいくときはうまくいく。うまくいかないときはいかない。」
そらそーでしょ、って思うけども。
なんだかちょっと「スピ系」発信が毎日目に留まり、「危ないなぁ」って顔を曇らせつつもそこに氣をとられる自分の未熟さに苦笑いしつつ、己のプラクティスに淡々と取り組む日常にあるのです。

テーマが深くて本質的でとても大切なことなので、今後もジャーニーは続く。
本質、本質、って使うけども、「じゃあ、本質ってなんやねん。」という自分の思考や信念を疑う視点も踏まえつつの書き起こしです。
一方向からの視点で片側だけ見ることは、それこそ「本質」から遠ざかる観念である。
何かを表現するとき、発信するとき、自分の発する内容を別の視点や視座で見る人もたくさんいて、なんなら自分も反対の角度から見ていることもある、と自覚していると知っているという認識をもっていると、私は知っているんだと思う。
簡単ではないですね、言語化って。
でも、挑戦したいんだ。
いや、だからこその挑戦なんでしょうね。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
もっともっと知らないこと、理解しきれない世界や宇宙、自分自身のこと、好奇心や畏怖の念をもって、感じて深めて味わって体現していけたら、それがきっと私の喜び。
今日も全力で、感謝!

この講座は『Human Potential Lab』代表のゆうちゃんと企画パートナーのさとみさんがガイドしてくださりました。
スピーカー/ナビゲーターの講師陣のみなさま、受講者のみなさまの、「答えのない問い」に対してのダイアログやシェアを中心とした『学び3.0』の豊かな場に、改めて感謝します。
アーカイブも活用しまくるけども。
リアルタイムでのこの時だけの『場』って、何ものにも代えられない。
ありがとうございます。
豊かさって、今それを感じる自分がいるって氣付くこと、なんだろうな。


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