美人から「美人はソン」と教えてもらった日

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一般的には「美人は得をする」と考えられています。「美人」の定義には客観性がないので、たとえそれを裏付けるデータらしきものがあっても信用できないのですが、見かけが周囲の人びとの行動に影響するのは事実です。

私がまだ18歳のときのことです。初めての帰省で同じ路線に住む同級生の女の子と一緒に汽車に乗り込んだところ、初対面の男子大学生二人が彼女に「重そうだから荷物を荷台にあげてあげましょう」と申し出ました。その同級生は目がぱっちりとして可愛く、しかも華奢だったのです。私も彼女に負けず大きな荷物を持っていたので、「じゃあ、私のも」とお願いしたところ、二人は私の腕をじっと見て「あなたは自分でできるでしょう」と軽く退けたのです。美人かブスかの判定はさておき、「繊細な」とか「か細い」という形容詞が似合わない女は差別されるという厳しい現実を知りました。

そういう厳しい現実にも慣れた24歳のとき、私はロンドンで語学学校に通いました。その学校にはヨーロッパから来た学生が多く、授業の合間の休み時間にするおしゃべりは物珍しくて楽しいものでした。

ある日、カフェテリアでよく見かけるスイス人の少女が話しかけてきました。よそのクラスの生徒ですが、身長が180センチ近い長身でブロンドの彼女は、雑誌のモデルのようで目立っていました。彼女は私に家族やボーイフレンドがいるかどうかといった質問をした後で、ため息をついてこう言いました。

「あなたが羨ましいわ」

ボーイフレンドもいないし、お金もない私が絶世の美女に「羨ましい」と言われて混乱していると、彼女は続けました。

「男性が私に『I love you』と言っても、彼が愛しているのは私の美貌か親の財産か判断がつかない。その点、あなたの場合は、男性が『I love you』と言ったら信じることができる。羨ましいわ」

私は、返す言葉が見つからず絶句しました。

それから3年後、イギリスから戻って東京に移住した私は、ウォール街の金融情報会社の東京支店を開設するために東京に到着したアメリカ人男性と知り合いました。

その男性との初めてのデートはいろいろな話題で盛り上がり、5時間ずっと会話が途絶えることがありませんでした。「絶好調」と思っていたときに、彼は笑顔でこう言いました。

「僕は美人にはあんまり興味がないんだ。それより面白い女性のほうがいい。君は本当に面白いから、またデートしたい」

私はまたも絶句して彼の顔をじっと見返しました。

ニコニコ笑っているところをみると、どうやら褒め言葉のつもりのようです。

私は「可愛い」からデートに誘われたと思っていたのに、そうではなく、毎日交わしていた会話が面白かったからだというのです。気を悪くするべきかどうかしばし迷ったのですが、一応善意に受け取ることにしました。

そのとき善意として受け取って良かったのは、その男性が今の夫だからです。

初めてのデートを思い出すたび、スイス人の美少女が、「ブスって得よね」とため息をつく場面が目に浮かびます。


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*追記:本書を最初に自費出版にしたいきさつは、このブログで説明していますが、それが9月に飛鳥新社から紙媒体で刊行されました。


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