1話無料公開「12人のクライエントが教えてくれる作業療法をするうえで大切なこと」

 

 

 2019年7月5日発売の「12人のクライエントが教えてくれる作業療法をするうえで大切なこと」(三輪書店)ですが,多くの方にお読みいただき,発売からわずか18日で重版が決定しました.

                          

 

 本書では,作業療法士であれば臨床場面で必ずや遭遇するであろう出来事を12本のコラムとして掲載するとともに,コラムのエピソードを通して得た気づきや学びについて詳しく解説しています.三輪書店さんのご協力により1話を無料公開しておりますので,よろしければご覧になってください.


以下無料公開(無断転載禁)


No 4     理由を解決する

 連日ニュースで雨不足が報じられる8月上旬.20年前までタバコ屋を営んでいたヨシさんは,団欒スペースのいつもの席に座り,隣に座るキミさんに話しかけています.「神社の境内で子どもたちが野球をしている」「あの子たちは必ずバチが当たる」毎日話の内容は一緒です.キミさんはその話に相槌をうつわけでも,返事をするわけでもなく,静かな笑顔で遠くをみています.

 「ヨシさんが最近厚着をしています」カンファレンスの話題はヨシさんの季節外れの厚着をどう“やめさせるか”です.確かに今日のヨシさんは,肌着3枚セーター2枚の,計5枚の衣類を身に着けています.「その日に着る衣類以外はステーションで預かる」「家族に長袖を持って帰ってもらう」色々な意見が飛び交います.おそらくヨシさんには,私達とは異なる世界が見えているはずです.私はスタッフにお願いして,ヨシさんがなぜ厚着をするのか,その原因を確かめるための評価期間をもらいました.

 まずは日中の観察時間を増やすことにしました.1日に何度もヨシさんのもとへと通うようになって数日,私は思い切って聞いてみました.「しかしヨシさん,毎日寒いですよね」ヨシさんの目は見ずに,ヨシさんが身構えたり,自分を防衛したりする必要が全くないと感じられるよう,あくまでも自然に話しかけました.するとヨシさんが,いつもの神社の話しをするように,少し怒った口調で言いました.「あんなに雪が積もってるんだから当たり前だ」

 私はヨシさんの視線の先に目を向けると,ヨシさんはおよそ30メートル先の,ラウンジの奥にある職員のミーティングスペースを見つめていました.全面がガラス張りでできたミーティングスペースは,昼間は強い日差しが差し込むため,真っ白いロールカーテンが降ろされていました.8月の強い日差しが外から照りつけたロールカーテンは,まるで真冬の晴れ間に雪景色を眺めたときのように,眩しいほどに白く光っています.重度の認知症を抱えたヨシさんにとって,おそらく今日は真冬でした….

 早速私はカンファレンスでこれまでの観察結果をスタッフに伝えました.検討の結果,ロールカーテンが見えないようにパーテーションを置くことに加えて,毎日2回,短時間の屋外散歩をプログラムに追加することにしました.季節の話題にふれたり,道端に生えた草花や,道路の脇で青々と生い茂る稲の話をしながら施設の周囲の散歩をしました.そして散歩から戻ると,外は暑かったことを一緒に振り返りを行いながら,水分摂取をしてもらう流れで着替えを行いました.プログラム変更後,すぐにヨシさんは厚着にこだわらなくなり,季節に合った相応の格好で日々を過ごすことができるようになりました.この一連の出来事は,スタッフ皆にとっても成功体験になりました.

 日々の業務の中で多くのクライエントを担当していると,医学的なリスクだけでなく,行動レベルで様々な問題が生じます.その際に陥りやすいのが,目の前で起きている行動自体に問題を見出すことです.

 今回のヨシさんがそうであったように,行動には理由があります.行動自体を抑止する方向で解決策を導くと,現象的にはその問題は解決したように見えても,当事者の中では全く問題は解決されていないかもしれません.私達は,私達にとって管理しやすい状態を「解決」と呼ぶのか,クライエント自身が安心と安寧のもと,社会的に受け入れられる形で所属環境に適応することを「解決」と呼ぶのか,改めて考える必要があります.

 前者を直接追求すると,一見問題が解決したように見えて,更に状況が悪化することがあります.私達には後者を追求することで結果的に前者も解決するという思考が必要です.様々な知識や技術を共有し,効果的な多職種連携を行うためには,皆でクライエントの主観的世界を推察・共有し,行動の理由を解決する姿勢が大切です.



1.誰にとっての問題なのか?

 このコラムを通して皆さんに考えてほしいことは,「問題の捉え方」です.私たちは,臨床現場でしばしば「問題」という言葉を使います.「クライエントがうまく着替えることができない」,「食事で食べこぼしがみられる」,徘徊や暴言,関節可動域制限,疼痛など,様々な状況で問題という言葉は使われます.

 実際,いろいろな疾患や,疾患に起因する障害を抱えた状態で作業療法は処方されるので,問題が多く存在することは事実です.私たちが有する専門的な知識や技術は,クライエントの問題を解決するための知識や技術と言い換えることもできるでしょう.作業療法士をはじめ,クライエントに関わる多くの職種は,様々な問題を改善するために日々尽力しているわけです. 

 問題をどう解決するかを考える前に大切なことがあります.それは,「この問題は誰にとっての問題なのか?」をしっかりと問うことです.たとえば,トイレ介助が必要なクライエントが,夜中に頻繁にコールを押している場面を想像してください.このクライエントは何度トイレに行っても,30分も経たないうちにまたコールを押してトイレ介助を希望します.

 ここで,2つの視点から「問題」を考えてみます.まずは職員の視点です.夜勤の職員は,日勤と比較してかなり少ない人数でたくさんのクライエントのケアをしています.できるだけ効率的に多くのクライエントのケアを行いたいと思うのは当然でしょう.そのような状況で,特定のクライエントから頻回に呼び出され,時間を要する介助を求められるわけです.どんな職員でも疲弊してしまう状況といえるでしょう.当然夜勤の職員は,コールが鳴る回数を少なくしたいと考えます.この場合,「特定のクライエントからコールが頻回に鳴り多くの時間を占有されること」が職員の視点で現象を捉えた際の問題です.

 次に,クライエントの視点で問題を考えてみます.もともと身体症状として,神経因性膀胱があるのかもしれません.加えて,クライエントは現在1人でトイレに行くことができません.車椅子に乗り移ることも,トイレでズボンを下ろすことも,様々な工程を他人の力に頼る必要があります.困ったことに,トイレは自由に行くことができない状況になると,「また行きたくなったらどうしよう…」などと緊張が高まり,尚更に行きたくなってしまうものです.クライエントの視点で問題を捉えてみると,「トイレのことばかりが気になってしまう」であり,その状況を生んでいるのは,「他人の介助をお願いすることが申し訳ない」という思いからの過度の緊張です.

 このように,「誰にとっての問題なのか?」その答えが職員である場合とクライエントである場合で,見える景色は大きく異なることがわかります.見える景色が異なれば,当然その後の対策や支援の方法も全く異なるものになる可能性があります. 


2.問題が起きている理由に焦点を当てる

 さきほどの例で考えてみると,「職員にとっての問題」を解決しようとすると,クライエントが我慢を強いられることになり,反対に「クライエントにとっての問題」を解決しようとすると,職員が疲弊してしまう.そんな印象を持つかもしれません.では,双方の問題を解決できる方法はないのでしょうか?クライエントの問題点に寄り添えば,比例して職員の負担が増加するのは仕方がないことなのでしょうか?

 解決のポイントは,眼の前で起きている現象に焦点を当てるのではなく,現象が起きている「理由」に焦点を当てることです.このコラムのタイトルを「理由を解決する」にしたのもそのためです.「職員からみた問題ではなくクライエントにとっての問題を大切にしましょう!」などというつもりはありません.どちらの問題から考えても結果は同じです.同じ現象を別の角度から捉えているだけですので,問題が生じている理由を階層的に掘り下げながら本当の理由へと迫っていけば,同じ場所にたどり着きます.職員からみた問題をスタート地点にして考えてみましょう.

 「問題:○○さんのコールが頻回でケアが大変」→「疑問①:なぜコールが頻回なんだろう?」→「理由①:すぐにトイレに行きたくなるから」→「疑問②:なぜすぐトイレに行きたくなるんだろう?」→「理由②:介助されることに引け目を感じることで余計にトイレのことばかりが気になってしまうのでは?」→「対策①:じゃあ全員で○○さんが引け目を感じないような受容的なコミュニケーションを心がけてみよう」「対策②:リハでは○○さんが引け目を感じないで済むよう,早く移乗やトイレ動作能力が向上するように支援しよう」「対策③夜間の介助が少しでも楽になるように○○さんに特化した介助法の勉強会をしよう」

 このように,仮に職員側が感じている問題をスタート地点にしたとしても,安易に現象に蓋をするような対策をせずに,クライエントの視点に立って「なぜ?」を繰り返し掘り下げていけば,クライエントの思いに寄り添った支援方法を考えることができる階層にたどり着きます.また,クライエントに寄り添った支援を十分に行うことができれば,結果として,最初に職員側が感じていた問題も解決に向けた変化が生じてきます.

 クライエントの問題が解決することによって職員の問題も解決する.そんな良循環を作り上げることが理想の形であるといえるでしょう.そのためにも,眼の前で起きている現象にとらわれるのではなく,「なぜ」その現象が起きているのかに関心を持ちながら,何気ない日常に向き合うことが大切です.

 今回コラムで紹介したヨシさんのエピソードも同様です.最初,職員はヨシさんが厚着をするという現象にばかり関心が向いていたので,結果として導かれた対策も,「厚着をしないように衣類を隠す」「家族に衣類を持って帰ってもらう」といったものでした.しかしながら,現象に目を向けるだけでなく,現象の理由を明らかにすべく観察を繰り返し,「なぜ」を問い続けたことで,解決のヒントとなる情報をキャッチすることができました.おそらく「夏なのに厚着をしている」という現象にばかり関心が向き,ヨシさんの視点から理由を考えようとしなければ,あの真っ白いロールカーテンは,何気ない日常の景色の一部でしかなかったでしょう.


3.解決にみえて実は悪循環になっている?

 しかしながら,上述したような良循環をつくりあげることは簡単ではないようです.「問題:トイレ介助が頻回」→「対策:コールを押さないように眠剤の量を増やす」→「結果①:廃用症候群が増悪する」→「結果②:トイレでの排泄が困難になる」→「結果③:オムツへ失禁するようになる」→「結果④:職員はケアがしやすくなる」

 一歩間違うと,上記のような職員の都合だけを考えた問題解決方法を採用し,結果として自分たちの本分に背くような仕事をすることになってしまうこともあります.どんなに仕事が楽になったとしても,おそらくこのような仕事にやりがいや充実感を感じることはできないでしょう.

 なぜなら職員は,クライエントよりも自分自身を優先して支援内容を選択したことを潜在的にわかっているからです.クライエントの問題の本質を解決できず,やりがいを見いだせない経過の中で職員も疲弊していく.そんな悪循環へと陥ってしまうと脱却することが難しくなります.しかし,それでもそのような方法を選択してしまうほどに,臨床現場は忙しく,みな余裕のない状態で日々の業務に勤しんでいるともいえます.

 このような状況で,ある特定の職員が現象の理由に焦点を当て,解決策を提案しようとしても,多勢に無勢,効果的な実践につなげることは容易ではないと思います.ですから一人のクライエントに丁寧に向き合い,小さな成果をしっかりと記録に残し,カンファレンスなどの情報共有の場で全員が理解できる言葉で発信をする.このような「成果の可視化」の地道な積み重ねが大切です.少しずつでも賛同者が増えてくれば,職場の雰囲気や考え方は必ず変化してきます.


4.自分たちにも成功体験が必要

 もう一つ大切なことは,問題について情報を共有するだけでなく,チームで効果的な支援をすることができた際には,肯定的な変化についてもしっかりとチームで共有する場を持つことです.

 医療関係者は,クライエントの成功体験は重視しながらも,自分自身やチームの成功体験が不足していることが少なくありません.作業療法士や作業療法を学ぶ学生さんはご存知のように,成功体験は,自己効力感の向上や内発的な動機づけにつながります.それはクライエントだけでなく,私たちにとっても同じです.

 仕事の中で成功を全く感じることができないような日々の繰り返しは,不平不満,無気力,あきらめ,劣等感などの負の感情を増悪させる結果になります.そのような状態では,クライエントの問題について,建設的に理由を掘り下げるような思考はなかなか生まれず,結果として,自分たちが感じている問題について,ただ目の前の現象を一時的に改善させたり,介助の負荷をいかに減少させるかなどに重きがおかれるようになります.

 問題の理由を掘り下げ,クライエントに寄り添った対策を皆で行い,結果として自分たちも仕事がしやすくなり,充実感を得ることができる.そのような良循環を構築しながら自分たちの成功体験を積み重ねることが大切です.

 例に挙げたコールが頻回なクライエントに対する理由の掘り下げは,過去に私が実際に経験した事例です.最初,コールが頻回な事例に対して,職員は頭を悩ませていました.しかし職員皆で「トイレに行きたいときは遠慮しないでいつでも呼んでくださいね」という態度で関わることをチームで統一しました.また,職員の負担を軽減するために介助法の勉強会を開催したり,日中はすべての職種で頻回にクライエントに対して声掛けを行い,特定の職種だけが介助するようなことがないようお互いがフォローし合う体制を重視しました.結果,介入初期は介助頻度が多かったものの,クライエントのトイレのコールの回数は減少しました.「トイレが気になって仕方がない」というクライエントの中の問題と,「コールが頻回で大変」という職員側の問題が両方解決したわけです.

 この経験は,職員にとってとても大切な成功体験になりました.眼の前の現象にだけ関心を向け,自分たちの負担を軽減するという視点で対策を講じるのではなく,クライエントにとっての真の問題に焦点を当て,その問題をどうすれば解決できるかを皆で考えることによって,結果的にクライエントを含めたチーム全員に利益がもたらされるという成功経験です.

 自分が感じているクライエントの問題を,ふと冷静に考えてみると,それはクライエントの問題ではなく,「仕事のしにくさ」など,自分にとっての問題であることも少なくありません.「問題」という言葉を使う際には,多くの場合,職員の大変さなど,負の状況が同時に存在するため,どうしても眼の前で起きている現象を解決することばかりに関心が向き,クライエントが感じている問題を直視することが難しくなります.「現象ではなく理由を解決する」この言葉を思い出し,日常の見慣れた景色と向き合うことが大切です. 


 最後まで読んでいただきありがとうございました



12人のクライエントが教えてくれる作業療法をする上で大切なこと


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?