あとがき無料公開 「12人のクライエントが教えてくれる作業療法をするうえで大切なこと」

 7月5日(金)発売の新書「12人のクライエントが教えてくれる作業療法をするうえで大切なこと」が,発売18日で重版されることになりました.まずは皆様に心より感謝申し上げます.

 もともと若い作業療法士向けに執筆した書籍ですが,介護福祉士さんや看護師さんなど,他職種の方からも多くの感想をいただいております.

 本編について,具体的な感想や質問もいただいているのですが,同時に「あとがき」についても大変好評をいただいております.

 そこで今回,重版が決定したタイミングで,あとがきを無料公開させていただくことにしました.本来,あとがきは本編をすべて読んだあとで,書籍の締めとして読むものですが,お読みいただき,本編にも興味を持ってくれたら嬉しいです.※以下無断転載禁止






あとがき


 特別なことではないが,臨床家時代ずっと続けていたことがある.それは,日々クライエントと向き合う中で,気づいたことや印象に残った出来事を大学ノートに書き留めるというものである.最初はあくまでも備忘録がわりに軽い気持ちではじめた作業であったが,いつの間にかノートの数は増え,気付けばダンボールの蓋が閉まらないほどの量になっていた.
 書きためたノートを開くことは殆どなかったが,時々立ち止まり,ふとページをめくると,今となっては自分の中で抽象化された知識や技術について,学びの契機となった出来事の切片が綴られており,あの日の記憶が鮮やかに蘇った.
 作業療法ジャーナルに「ひとをおもう」というテーマで1年間コラムを連載する話を頂いたとき,真っ先に思い浮かんだのはこのノートだった.ノートには,手技的な内容や関連法規,多職種連携に関する内容など,様々な内容が散文的に綴られていたが,「ひとをおもう」のテーマに合致するよう,クライエントとの相互交流の中で得た気づきや学びに関連したエピソードを12選び,コラムの題材にすることにした.
 作業療法士は,作業を通して健康を支援する.それは単に好みの作業を遂行する機会を提供したり,特定の作業について,他者の援助なく遂行できるように支援を行うことではない.作業療法士は,提供した作業機会がクライエントの健康を促進するよう,クライエントの作業歴,役割,地域の文化,性格,価値観,興味・関心,現在の心理面などを包括的に捉えながら,クライエントの自己効力感や主体性,技能,生活習慣にはたらきかける.
 現在は,作業療法に関連するエビデンスも少しずつ確立されてきている.クライエントの状態を評価し,エビデンスを基盤とした最適と思われる手段を選択しながら支援を行うことは我々の使命であり,専門職としての責任である.しかしながら,手段の選択は,単純に病態や障害の程度によってのみ決定されるものではなく,クライエント個人の特性や心理的変化に寄り添いながら,相互交流的に選択・調整し続けなければならないというモザイク状の側面をもっている.
 どんなに技術が発展しても,エビデンスが確立されても,クライエントにとって最適な手段を選択することができるか否か,また,選択した手段がクライエントに最適な利益をもたらすか否かは,セラピストとクライエントの相互交流の内容に依存する部分が大きい.この相互交流を極めて繊細かつ緻密に行っていることが作業療法の奥深さである反面,それらをあまりにも経験的に行っていることが作業療法の質を底上げする上でのボトルネックにもなっている.
 経験的に行われている実践を科学へと押し上げるためには,個別性を排除しながら一般化させるプロセスを必要とする.そのため,個別性が高く有機的な交流の中で実践される作業療法のすべてを一般化することは困難かもしれないが,それを免罪符にしていては,いつまでも作業療法は「よくわからない仕事」のままであろう.
 本書はクライエントとの相互交流を記述したコラムを紹介するとともに,コラムで取り上げたエピソードから得た気づきや学び,関連する内容について加筆している.これは相互交流の中に含まれる要素を一般化する手続きを踏んだものではないが,作業療法士であれば,臨床場面で必ずや遭遇する出来事を厳選したため,臨床家のみなさんが,過去に経験したエピソードや今後経験するであろうエピソードを言語化するヒントになると思う.クライエントとの相互交流の中で選択・調整されるモザイク状の実践要素を科学していくことは,作業療法の発展にとって大切な課題の1つであり,本書がその問題提起の一助となれば幸いである.



 先日,久しぶりに知り合いが勤務するデイケアに顔を出した.目的は研究の打ち合わせであったが,入浴介助で人手が足りなくなる時間は,打ち合わせを中断し,できるだけフロアで利用者と一緒に過ごすことにした.久しぶりの臨床現場,懐かしさや嬉しさ,緊張感が同居した心地よい時間がゆっくりと流れる.
 仲間と一緒に談笑する利用者,自宅での役割をより安全に遂行するためにスタッフと相談する利用者,ADL能力向上を目標に熱心に練習にはげむ利用者,入浴後の利用者にお茶を提供すべく職員の手伝いをする利用者,それぞれが目的をもった時間を過ごしていた.スタッフは,人手が少ない中で忙しそうに動いているものの,利用者と関わる様子はみな利他的で優しかった.だれもがこのような支援を受けることができる世の中になればと心から思った.
 1人の利用者が車椅子に座りながら窓の外を見ていた.入浴を終え,膝の上にはお茶の入ったプラスチックのカップを抱えている.私は彼女の横に座り,しばらく何気ない会話をしながらすごした.3月の福島はまだ寒さが残っていたが,光が差し込む窓際は,春が近づいている感覚質を帯びていて心地よかった.
 私の隣にいる利用者は,おそらく80代だろうと思う.彼女も遠い昔,親の愛情を一身に受けて育ったのだとふと思った.無意識に自分の娘を彼女に重ね合わせ,そして自分を彼女の親に重ね合わせる.いつか私の娘も他者の介助が必要な状態になるのだろう.そして,そのとき私は間違いなくもうこの世にはいない.
 私がどんなに手を差し伸べたくてもこの手が届かなくなったとき,娘がつかむ手は優しいだろうか.そんなことを思いながら,祈りにも似た気持ちで彼女を見ていた.  
 



最後まで読んでいただきありがとうございました




12人のクライエントが教えてくれる作業療法をするうえで大切なこと


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