人材育成

企業内人材育成にワークショップを導入する意義を2つの変化のレベルから考察する

企業の人材育成の取り組みに「ワークショップ」の手法や考え方を活用したいというご相談が増えています。ミミクリデザインでもこれまでさまざまなプロジェクトを担当させていただき、 たしかな手応えを感じています。

他方で「なぜ企業内人材育成にワークショップが有効なのか」と問われると、回答には少し整理が必要だと感じています。

その理由を紐解いていくと、「人材育成」が目標としている変化のレベルには、乱暴かつ極端に大別すると「既存業務における生産性の向上」「組織変革(イノベーション)」の2つの階層があり、それらを区別しながら議論を整理する必要性が見えてきます。また求められる変化のレベルによって、「ワークショップを導入すること」の意味合いも少し変わってきます。

先に結論の全体像を示すと、以下のように説明することができると考えています。以下の本文では、順を追って解説していきます。

1)既存業務における生産性向上を目指す場合
→ 研修で扱える学習目標の幅を広げることができる
→ 研修参加者を学習に内発的に動機づけることができる

2)組織変革(イノベーション)を目指す場合
→ メンバーが業務や仕事の意味を問い直す機会を創出できる
→ 組織開発や事業開発と両輪で大きな変化を生み出すことができる

既存業務の生産性をトレーニングで向上させる

企業組織において、多くの場合、メンバーには特定の業務を遂行するための「役割」「目的」が規定されています。そして、役割を遂行し、業務の目的を達成するための「やり方」が存在しているはずです。

たとえば「営業担当者」であれば、業務の目的は「ターゲットである顧客の課題を聞き出し、解決するための提案を作成し、注文を受注し、売上をあげる」などがそれにあたります。そして目的を達成するためのやり方として「営業の方法論」の体系が存在しているはずです。(方法を細分化すると「ニーズヒアリング」「提案設計」「クロージング」など、いくつかの項目に分けられるでしょう)

人材育成の中心的な目的のひとつは、組織のメンバーが、担当する業務の目的を達成するための「生産性」を高めることです。すなわち営業担当者が、より「上手な営業のやり方」を身につけ、より「営業担当者らしく」なっていく熟達のプロセスの支援です。

こうした生産性向上のための人材育成を実現するためには、職場におけるOJTと連携しながら、いわゆる「研修」としてのトレーニングの場が有効です。営業担当者を研修室に集合させ、「ヒアリングの7つのポイント」とか「伝わる提案ストーリーのフレームワーク」とか「クロージングの3STEP」みたいなことを講義で教え、演習させることで、「やり方」を身につけてもらうのです。いわゆる段階的に教え込む「インストラクショナルデザイン」(※)による研修プログラムですね。

(※)インストラクショナルデザインとは、(従来型の)研修、教材、授業の設計手法であり、ざっくり言えば、「学習目標」を明確化して分析をしたら、それをいくつかの「下位目標」に分割して、それを「行動目標」として定義します。そして行動が達成される活動の「順番」を決めて、それを「どのように評価するか」を策定し、段階的にプログラムやカリキュラムを作っていくやり方です。(安斎勇樹 note「ワークショップと研修の違い」より)

ワークショップで「研修」の幅を広げる

ところが業務によっては、「上手なやり方」を習得させるためには、インストラクショナルデザイン(以下ID)で「段階的に教える」だけでは限界があります。役割や業務が「創造的な仕事」で、担当者の個性や現場の暗黙知が重視される領域であればあるほど、学習のプロセスは画一的な階段ではなく、複雑な軌道をたどることになるからです。

たとえば、「自身の強みを活かした効果的な営業のやり方を内省したり、開発したりする」ことや「形式的に教えにくいベテラン営業担当者の暗黙知を、対話を通して言語化し、チームで共有する」ことなどは、ID型の研修では、扱いにくい学習の目標です。

このように、複雑な概念理解、深い内省、ものの見方の鍛錬や変容などの高次の学習を支援するには、一人ひとりの個性の違いを尊重し、遊び心のあるワークや、問いかけによる対話的なプログラムを重視する「ワークショップ」の方が適しています。

IDだけで研修を設計するのではなく、ワークショップデザインの知恵を導入することで、研修で扱える学習目標の幅を広げることができる。すなわち、業務の生産性を高める支援が充実します。これが、まず第一の「企業内人材育成にワークショップを導入する意義」です。

また活動をワークショップ型にすることで、遊び心のあるワークが導入されたり、主体的で自分らしい参加が奨励されることによって、研修の参加に対する内発的動機付けになる、という副産物的効果もあるでしょう。

組織を変革する場としてのワークショップ

上述したようなトレーニングの機会は、業務における「役割」と「目的」と「方法」が組み合わさったものを日々の仕事の「システム」のようなものだとすると、既存システムをより強くしていくための人材育成といえます。

しかしイノベーションや組織変革が求められる現代において、既存のシステムを持続的に強化することだけが人材育成の役割ではありません。

既存のシステムを強化することは、言い換えれば、特定の慣習を繰り返し、固定観念的な考え方を強化することにほかなりません。日々の業務のなかで与えられた役割や仕事の目的は「所与のもの」となり、方法は固定化され、それ自体が問い直されることなく、惰性として「形骸化」していくリスクを孕んでいます。研修によって獲得された「上手なやり方」は、ときには組織変革における足枷にもなり得るのです。

イノベーションを生み出し、組織を変革させていくためには、既存のシステムを問い直し、システムそのものを変容させたり、新しいシステムの可能性を模索していく機会が必要です。

その意味で、非日常的な場作りによって日常を揺さぶり、参加者主体のボトムアップの変化のエネルギーを生み出す場である「ワークショップ」は、システムに変化をもたらす学習機会として、可能性を秘めています。

既存の仕事の意味づけを問い直す

システムの変化といっても、ダイナミックにシステムを変革させていくレベルから、小さな変化を起こしていくレベルまで、さまざまです。

小さなレベルでは、既存の業務の意味や与えられた役割について問い直し、組織の成員の視点から新たに「しっくりくる意味づけ」を見つけることも、システムの小さな変化の第一歩といえます。営業の例でいえば、

「そもそも自分はなんのために営業の仕事をするのか」
「自分にとっての"良い営業"とはどのようなものか?」
「目の前の業務の先にある、キャリアビジョンとは?」

などについて考える機会を持つことは、業務の役割と目的と方法の関係性を問い直すことにつながり、日々の凝り固まったルーチンから脱し、新たなシステムの可能性を導く契機になりえます。

これは上述したような「既存業務の所与の目的のもとで、方法を教え込むことで生産性を向上させる研修の場」とは、目的の次元が異なります。

たとえば以前にトレノケート様と共同開発させていただいたシニア向けのキャリアプランワークショップは、ともすれば定年に向けて仕事人生を無難に着地していく可能性もあるシニア層が、"2冊の自伝"の制作するワークショップを通して新たなキャリアビジョンを持ち、ある意味で学習者もしくは挑戦者として"生まれ変わる"機会を作り出すことを支援したプログラムです。

社内の位置付けとしては"集合研修"の形式をとっていますが、特定の業務の生産性を高める「やり方」をトレーニングすることが目的ではなく、社内のシニア人材の働き方とマネジメントの関係性を再構築するための試みであり、「既存業務のトレーニング」の枠を超えた「新たな組織風土と仕組み作り」のための実践として解釈するほうが本質的です。

組織開発・事業開発との連携:境界の融解

さらにより大きなレベルでは、従来の業務の意味に捉われずに新たな目的や役割を発見したり、新たな事業そのものを創出したりしながら、組織に新たな変化をもたらしていくことも可能です。 またもや営業の例でいえば、

「自社の理念とビジョンを実現するための営業の在り方とは?」
「顧客とのコミュニケーションを通して、どんな価値を届けたいのか?」
「中・長期的な営業戦略を活かした新規事業のアイデアとは?」

といったダイナミックな視点から既存業務(現在の組織システム)の在り方を問い直すためのワークショップの機会を開くことで、新しいシステムの可能性を探ることができます。

このレベルまで達すると、もはや従来型の人材育成の枠組みを超えて、いわゆる「組織開発」「事業開発(商品開発・サービスデザイン)」の領域に接近していきます。これはある意味で、自然かつ健全なことです。

最新号の『ハーバード・ビジネス・レビュー(2019年7月号)』においても、イノベーションを生み出すためには組織風土の変革が必要であることが指摘され、特集が組まれています。

また組織開発のバイブル『組織開発の探究』においても、人材育成と組織開発の境界の曖昧さについて以下のように指摘されています。

多くの組織的課題は、必ずしも組織開発という単一の手段だけで解決できるわけではありません。場合によっては、リーダー検収やコーチングなどの、いわゆる人材開発的な手段と、組織開発が合わさって、解決されることがあります。このように、企業における組織開発の実務は、多くの場合「ちゃんぽんになること」が多いものです。とりわけ、人材開発と組織開発の境界は、いつも曖昧です。(『組織開発の探究』p.56)

組織のイノベーションのプロセスに伴走しようと思えば、単なる「アイデア発想法研修」とか「デザイン思考トレーニング」といったようなID型の研修だけでは十分な支援はできません。事業開発と組織開発と人材育成のプロセスは、本質的に渾然一体として、切り離せないのです。

以上をまとめると、企業内人材育成にワークショップを導入する第二の意義は、既存業務の生産性向上トレーニングの枠を超えて、ボトムアップ型の組織変革やイノベーションのプロセスと両輪で、人材にも大きな変化を生み出すことができる、ということになります。

逆に言えば、人材育成の課題に対して「ID型の研修のデリバリーでしか対処できない」というのは、支援を非常に狭いアプローチに閉じていることになります。これからの企業内人材育成の担い手は、既存業務の生産性向上を目指すにせよ、組織変革(イノベーション)に伴走するにせよ、ワークショップの考え方やファシリテーションの技術を積極的に導入し、アプローチの幅を広げていく必要があるでしょう。

以下、あらためて企業内人材育成にワークショップを導入する意義の構造的まとめです。

1)既存業務における生産性向上を目指す場合
→ 研修で扱える学習目標の幅を広げることができる
→ 研修参加者を学習に内発的に動機づけることができる

2)組織変革(イノベーション)を目指す場合
→ メンバーが業務や仕事の意味を問い直す機会を創出できる
→ 組織開発や事業開発と両輪で大きな変化を生み出すことができる

人材育成にワークショップの導入をご検討の企業様、組織開発や事業開発との両輪を回しながらアプローチしたい企業様、講師にワークショップデザインのはぜひお気軽にミミクリデザインのウェブサイトからご相談ください。

以下、参考記事です。


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