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ワークショップの足場かけ:抽象的思考と具体的思考の変換プロセスの支援

ワークショップデザインやファシリテーションの本質は、経験のプロセスデザインである、ということは以前の記事で解説しました。

たとえば目の前の「問題」について話し合ってから「ビジョン」を話し合うのか、あるいは、理想的な「ビジョン」を話し合ってから解決すべき「問題」を話し合うのか、仮に活動を構成するパーツは同じでも、そのプロセスによって経験の意味合いや話し合いの結果は異なるものになるからです。

初心者が陥りがちな「足場かけ」の不足

プロセスデザインのなかでも重要な考え方に「足場かけ(scaffolding)」という考え方があります。足場かけとは、建築物を作る際に足場を用意するように、学習者が課題を解決するため支援者が介助する行為を指します。ヴィゴツキーの理論を基盤に、心理学者のブルーナーが提唱した概念です。

初心者がデザインしたワークショッププログラムやファシリテーションをみてみると、「足場かけが甘い」と感じることが非常に多く、ファシリテーターとして熟達する上での課題の一つと言えそうです。

足場かけの躓きのパターンはいくつかありますが、もっとも多いパターンのひとつが、参加者の思考の「抽象」と「具体」の変換プロセスの支援の不足です。

例:住民参加の図書館設計ワークショップの場合

具体的な例があったほうがわかりやすいと思います。たとえば、地域の図書館の設計プランを住民参加で検討するワークショップのプログラムを事例に考えてみましょう。仮に、行政は住民が「居心地の良い」と感じられる図書館を設計したいと考えていて、そのためのヒントや、譲れない要件を住民から聞きだしたい、としましょう。

何のひねりもなく「どんな図書館が欲しいですか?」と尋ねるのは最悪として(なぜ最悪なのかについては以前解説した記事を本記事の後半にリンクしておきます)、少しひねりを加えた制作活動として「居心地の良い図書館を考えて、LEGOでミニチュアを作ってください」というお題を設定したとしましょう。

<問いのサンプル>
居心地の良い図書館を考えて、LEGOでミニチュアを作ってください

これは活動としては楽しく、盛りあがることが予想されますが、問いのデザインがやや乱暴で、具体的なヒントはあまり期待できません。この問いを因数分解してみると、その原因が見えてきます。(※問いの因数分解については、以下の記事をご覧ください)

あらゆるアイデアは「意味」と「仕様」の結びつきによって成立しているわけですが、この問いは、分解すると「居心地が良い図書館」の意味と仕様をいっぺんに尋ねているということがわかります。抽象度の異なる問いが2つ内包されているわけです。

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すなわち、このまま問うてしまうと、参加者によっては「私にとっては適度なノイズの中で一人になれることが重要だ」といったような「意味」のレイヤーの思考が誘発されるかもしれないし、参加者によっては「本棚はなるべくたくさん欲しい」といったような「仕様」のレイヤーで考えたくなるかもしれず、どの程度意味が深められるか、どの程度仕様が具体的に詰められるかは「参加者次第」「グループ任せ」ということになってしまいます。

そこで、以下のように問いを分割して2段階に分けて尋ねてみるのはいかがでしょうか。

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居心地が良い図書館に必要な「意味」についてじっくり深めた上で、具体的な仕様を考えることができるため、考えやすくなるのではないでしょうか。少なくとも「意味について深めていたら時間切れになった」とか「対して意味を考えずに仕様の細部を詰めていた」といったグループの思考の偏りは防ぎ、異なる抽象度の思考を着実に辿ってもらうことが期待できます。これは、抽象度を変えて段階的に問うことによる「足場かけ」と捉えることができるでしょう。

“答えやすく”するための足場かけが良いとは限らない

さらにこの問いを因数分解しながら足場かけのアプローチを吟味していくと、居心地が良い図書館の要件について考えてもらう前提として、図書館に限らない「自分にとって居心地の良い場」について考えてもらうことも、有効かもしれない、と気がつきます。場における「居心地の良さ」は公共空間の永遠のテーマで、図書館の枠から拡げて抽象度を上げてみることで、かえって本質に迫ることができるかもしれないからです。とはいえ、いきなり抽象的な問いを投げかけても答えにくいですから、たとえば、以下のような問いの2段階のコンビネーションはいかがでしょうか?

<問いのサンプル>
(1)あなたがこれまで経験した居心地がよかった場は?
(2)居心地の良い図書館のミニチュアを作る

どんな人でも、一度くらいは「居心地が良かった場」を経験したことはあるでしょうから「高校時代の部室は居心地が良かったな」「いつもいく◯◯駅のカフェのあの席は抜群に居心地が良いんですよね」「△△にある足湯スポットは最高にリラックスできた」などと過去の記憶を思い起こしてもらい、具体的な場を共有することから本題に迫ることは、図書館を考える上でのアナロジーのソースにもなりますから、効果的な足場かけのように思えます。

しかしながら、丁寧にシミュレーションを重ねると、これはこれで失敗リスクが高いことに気がつきます。なぜなら、答えやすさを優先するあまりに「具体的な経験」を探索させたあとに、すぐさま「具体的な仕様」を考える構成にしているため、経験を抽象化することなく、短絡的に仕様に転用されるリスクがあるからです。つまり「観光地の足湯が良かった」ので「図書館に足湯を作ろう」という安直な発想をミスリードしてしまうのです。

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別に「足湯を作る」というアイデアが出てくること自体は悪いわけではありませんが、あくまでこのワークショップのねらいは、住民にとっての「居心地が良い図書館」のヒントや要件を抽出することで、実際の具体的な仕様の設計は、プロの建築家によって現実的な制約のもとで行われます。

本当に欲しいのは「住民は”顔見知り”になるきっかけを求めているのだな」とか「駅近の開発が進む中で、自然を感じられる場が欲しい」とかいったような「意味のレベル」のヒントのはずで、「足湯の居心地がよかったので、足湯を作りたい」という思考プロセスからは、そこに込められた意図や意味が学ぶことができません。

抽象的思考と具体的思考の変換プロセスの支援

そこで、以下のように抽象的な問いを挟むことによって、具体的経験から抽象的要素を抽出し、また具体的な仕様に落とし込むプロセスをファシリテートすることが可能になります。

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抽象化するための問いは上記のように直接的でなくても、アナロジーに喩えてもらったり、以下のように少しひねった制約で、抽象変換してもらっても面白いかもしれません。

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以上はあくまで一例ですが、ワークショップにおいて辿って欲しい思考の抽象度のレイヤーをシミュレーションし、抽象的すぎず、具体的すぎず、またそれぞれをうまく往復しながら転換できるようなプロセスを設計することが、シンプルなようでとても重要です。これを当たり前にできるようになることが、「脱・初心者」の第一歩だと思いますので、「疎かだったかも..」という方は、この機会にぜひプログラムデザインを見直してみてください。

以下、参考記事です。

ワークショップデザインやファシリテーションを学びたい方のための実践ガイド(PDF)をミミクリデザインのウェブサイトで公開しています。ご関心ある方はぜひ以下ダウンロードしてください。

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