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続・問いの因数分解|問いの探索先のバリエーションと制約の効用

イノベーションプロジェクトやワークショップデザインにおける「問いのデザイン」の性質を方法を検討するなかで、以下の記事では「問いの因数分解」という考え方を紹介し、そこから見えてくる問いの基本性質を5つにまとめました。

<問いの基本性質>
1. 「問い」は、いくつかの「前提」「制約」「小問」によって構成される
2. 「小問」は、問われた側に対して、なんらかの探索を誘発する。
3. 「制約」は、「探索」の範囲に制限をかける。
4. 「前提」は、問いに明文化されていない場合が多い
5. 参加者は、必ずしも「制約」と「前提」に従うとは限らない。

上記の記事の因数分解の例では、探索の対象として「個人の経験」「個人の価値観」「個人の知識」「外部の情報」「集団の合意点」などが挙げられました。その他には、どのような探索先が考えられるでしょうか。もう少し因数分解を続けていくなかで、探っていきたいと思います。

問題解決型の問いが探索を促すもの

サンプル(6)高齢者のための朝食のメニューとは?

性質の異なる問いのサンプル(6)「高齢者のための朝食のメニューとは?」を因数分解してみましょう。文脈は、なんでも良いのですが、例えばレストラン事業を手がけるある企業の、高齢者化社会を見据えた新商品開発のワークショップなどを想定してもらえればよいかもしれません。

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問いのサンプル(6)の因数分解

自己紹介の問いとは異なり、ここで「朝ごはん」は、高齢者に対して何らかの価値を提供するための手段として位置付いています。つまりこのサンプルは「解決策を探索させるタイプの問い」がベースになっているといえるでしょう。ワークショップの参加者自身が高齢者であったり、高齢者の介護職に就いていたりなど、問いに関する手がかりとなる知識や経験を保持している場合を除いて、問われた側は「自分の経験」や「自分の価値観」を探索する必要はありません。

しかし、高齢者のニーズやウォンツについて明らかにしないことには、解くべき問題が空欄のままです。解決策について考えるためには、朝ごはんの工夫によって解決しうる、高齢者が抱える諸問題について検討しなければなりません。

問いの文言のなかにはこれ以上の手がかりはないため、問われた側は「高齢者は朝ごはんに何を求めているのだろうか?」「一般的な高齢者は、朝ごはんに何を食べているのだろうか?」「高齢者が朝ごはんにかけられる金額はいくらだろう?」などと思考をめぐらせるかもしれません。そこから「朝ごはん」によってアプローチできる問題として「健康」に着目しようということになれば、「高齢者が抱えている健康の問題とはなにか?」という新たな問いが浮かんできます。このように、小問の探索先に対して制約がうまく働いていない場合には、参加者は自ら新たな「問い」を生成せざるを得ません。いいかえれば、このサンプルにおける「高齢者のための」という制約は、「関連する問いを探索させる」機能を有していると解釈することもできます。

問いの探索先のバリエーション

サンプル(6’)高齢者の健康を支える朝食のメニューとは?

仮に、サンプル(6)から「関連する問い」を探索し、問いを「高齢者の健康を支える朝食のメニューとは?」と再設定したことにして、話を進めましょう。これをサンプル(6')とします。

サンプル(6)よりは何を検討すべきかが明確になりましたが、これでもまだ問題は曖昧です。解くべき問題の輪郭を明確にするためには、高齢者が抱える健康の諸問題とその原因に関する「外部の情報」を探索し、問題とその解決策の手がかりを収集しなければなりません。そうして問題を浮き彫りにしながら、ワークショップでこの問いを問われた側は「解決策の候補」をいくつか出していき、グループやチームが納得する「解決策」としての「集団の合意点」を探索する、というのがこの問いの構造です。

この問いを扱う上で一つ懸念されるのは、”高齢者”という言葉が指すターゲット層は幅が広すぎるため、問題が限定しにくい可能性がある点です。人口調査では65歳以上を高齢者として区分していますが、65歳と85歳では抱える問題の様相は異なるでしょうし、また、介護を必要とする寝たきりの高齢者なのか、健康を維持したいアクティブな高齢者なのか、どちらを想定するかによっても問題の意味合いが変わってきます。この認識をそろえないまま対話を進めてしまうと、解決策の探索は困難を極めます。

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問いのサンプル(6')の因数分解

したがって、この問いの制約には、「ここでいう”高齢者”とはどのような層を指すか?」という「言葉の定義を探索させる問い」が内包されていたということになる。さらにいえば、設定した“高齢者”の定義と、収集した手がかりの内容よっては、”健康”の定義についても検討が必要となる可能性もあります。

実際の対話のなかでは、こうした「言葉の定義を探索させるタイプの小問」の存在には気がつかない場合も多いです。疑問を感じた参加者が「そもそも”高齢者”って…?」と言いださない限り、ファシリテーターが積極的に用語の定義を意識づけないと、すれ違いの対話を繰り返すことになってしまうので注意が必要です。

このように、問いの探索先には、「個人の経験」「個人の価値観」「個人の知識」「外部の情報」「集団の合意点」に加えて、「関連する問い」「問題の解決策」「言葉の定義」などが存在します。これらのバリエーションをうまく使い分けながら、適切な探索先を選定していくことが、問いのデザインの中心的な作業の一つです。

問いの探索先のバリエーション
個人の経験:参加者の過去の経験を探索させるもの
個人の価値観:参加者の価値基準を探索させるもの
個人の知識:参加者が保有する知識を探索させるもの
外部の情報:調査によって外部の情報を探索させるもの
集団の合意点:解の候補から集団の合意点を探索させるもの
言葉の定義:言葉が指し示す意味や範囲について探索させるもの
問題の解決策:問題を解決するためのアイデアを探索させるもの
関連する問い:問いに関連する新たな問いを探索させるもの

自由な問いから、創造的な対話は生まれない

適切な探索先を選ぶだけでなく、適切な制約をかけることも、問いのデザインの頭の使いどころです。

制約の役割とは、以前にも述べた通り、探索の範囲に制限をかけることです。無闇に制約をかけすぎることは、対話の自由度を奪い、参加者のポテンシャルを殺してしまうため避けるべきです。

しかし制約が弱いほうが自由で創造的な対話が期待できるかといえば、必ずしもそうとは限りません。極端な例ですが、サンプル(7)「朝ごはんについて自由闊達に議論してください」という問いをみてみましょう。

サンプル(7)朝ごはんについて自由闊達に議論してください。

制約は「朝ごはんについて」のみです。もう一つの指示である「自由闊達」が指し示す意味について問い直したくなるかもしれないが、基本的には「朝ごはんに関することであれば、なんでもよいから話したいことを話してよい」と解釈するのが妥当でしょう。

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問いのサンプル(7)の因数分解

安斎がこれまで実施してきたミミクリデザインの研究会では、実際にこの問いを何度か参加者に投げかけ、どのような反応がかえってくるのか、実験したことがあります。多くの場合、参加者は何について話せばよいのかわからず、しばらくは困惑した様子をみせます。それもそのはずで、この問いは「何も問うていない」といっても過言ではないため、何かを話すためには参加者が自ら問いを探索し、設定なければなりません。

実際に、その後の様子を見守っていると、気まずい沈黙を破るように、参加者の一人が「みなさんは朝ごはんは食べる派ですか?食べない派ですか?」「理想の朝ごはんのメニューってなんだと思います?」などと代替となる問いを提供し、それについて意見を交わし始めます。

好きな問いについて話してもよいという意味では「自由な対話」であるといえますが、グループごとにその焦点はばらばらで、限られた時間で深まりのある対話はあまり期待できません。制約がないということは探索の範囲が無限に広がっているということであり、参加者の限られた認知的なリソースを対話に集中させるためには、ある程度の制約をかける必要があるのです。

制約による探索範囲の意識化

制約は探索の範囲を制限するだけでなく、参加者に意識されていなかった新たな探索の範囲を想起させる効果も持っています。たとえば、問いのサンプル(8)「朝食をより楽しむためには?」について考えてみましょう。

サンプル(8)朝食をより楽しむためには?

基本構造は、朝食の時間をより楽しむという問題設定のもとで、「解決策」を探索させる問いがベースになっています。ただし問題設定が個人的なものであるため、朝食や楽しさに関する「個人の経験」や「個人の価値観」の探索を誘発する可能性も含んでいます。問われた側は、たとえば「家族そろって食べることで会話を楽しむ」「目隠しをしながら食べて、味付けや食材を当てる」「食材のいろどりにこだわる」「料理の写真をSNSにアップする」などと、考えられるアイデアを検討することになるでしょう。

それでは、サンプル(8)に具体的な制約を加えたサンプル(9)(10)をみてください。

サンプル(9)朝食をより楽しむために効果的な食器とは?
サンプル(10)朝食をより楽しむために効果的な空間とは?

制約がかかっている分、サンプル(8)よりは探索の範囲は限定的になっています。しかしながら、「効果的な食器」という探索の範囲が指定されていることで、確実に「食器の工夫によって食事を楽しむ」という視点が話し合いに導入されることになります。もしこの制約がなければ、食器のことなど話題にすらのぼらなかった可能性もあります。制約は必ずしも探索の自由度を奪うだけでなく、「発想を刺激する仕掛け」としても活用できるのです。探索のバリエーションと同様に、適切な制約をかけることもまた、問いのデザインにおいて重要な作業になります。

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以上、問いのサンプルを問いの構造を微視的(ミクロ)に読み解いていくことで、問いが持っている基本的な性質について確認してきました。

ミクロな観点からいえば、「問いをデザインする」こととは、探索の対象と範囲を決定する行為として定義づけることができます。

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