note再開しました。

久しぶりにnoteを書いてみようと思いました。

今年1月、満を辞して法人化しました。http://sen-to-ichi.com/

フリーランス40歳の壁なる本も出ていますが、たしかに30すぎると、自分がどこかの会社に所属していたとしたら、気難しくて頼みづらくなるだろうと薄々感じてはいた。https://www.diamond.co.jp/book/9784478065723.html

東京にいると、フリーランスでなんとなくやれてしまうところがあって、そこが東京の良さでもあるけれど、ここ数年、地方で仕事をする機会が増えた。すると、東京に比べてフリーでできる仕事が少ないから、同じような仕事をしていても、自分で作る、あるいは、会社を立ち上げるのが自然な流れだということに密かなカルチャーショックを味わってきた。

フリーランスってなんだかかっこいい、とか、そういう甘いセリフにあぐらをかいているうちに、結局は誰かに隷属している自分に気づく。結局は雇われ人とフリーランスは変わらない、という事実に、起業してみてあらためて感じるのであった。

で、今の時代、会計freeeのようなクラウドサービスが発達していて、本当に簡単に起業できる。しかもレシートをカメラで撮って仕訳する作業が楽しい。AIが勘定項目を予測変換してくれるから。法人登記の手続きも、そういうクラウドサービスを使うと自動で書類を発行できるので、少しづつステップアップしていく感じが、なんだかドラクエみたいで楽しい。

経理など、面倒なバックオフィス業務も、クラウドサービスを使えば、なんだか楽しい。原稿を書いたり、打ち合わせしたりするのは日々の業務の本当に上澄みでしかなくて、「面白いこと」「面白いもの」を世に問おうと努めている僕らのような職種の人たちにとっても、この目に見えない日々の業務、土台がいかに表面のアウトプットに作用しているか、あらためて思い知らされる毎日である。

結局、表面のアウトプットで競い合おうと思うマインドというのは、どこまでいっても「観客目線」でしかないことに気づかされる。漫画の良き読者であり、映画の良き観客であり、アート作品の良き観客であることは悪いことじゃない。でも、何かを創造するうえでは、その土台になる日常の作業をどう効率的に、かつ意味のある工程にしていくかが重要だと思う。結局は土台から作らなければ、観客目線からは逃れられない。そんなことを日々考えている。

今日、青山ブックセンター六本木店の閉店のニュースが飛んできた。池袋リブロがなくなった時もびっくりしたけれど、本当に出版業界、まったなしになってきたなという実感がある。実際、自分が本をつくる時も(著書だけでなく、編集者として手がける場合も)、年々、手応えみたいなものが減ってくる感覚がある。僕は何万部というベストセラーを手がけるようなスター編集者ではないので、些細なことかもしれないけれど、例えばアートだとかカルチャーに関心のある層の人も、本当に本を手に取らなくなっている。

iTunesの登場によって音楽アルバムというパッケージ形態が、もはや「まとまった楽曲を一つのテーマでリリースしましたよ」というアリバイとしてしか機能しなくなったのに似ているかも。200ページ前後の本を一冊読ませることに意味があるというよりは、「僕はこういうテーマのもとに10万字くらいの文章を書きましたよ」という宣言でしかなくなっているので、「はじめに」から「おわりに」まで全部読んでもらっているなんて、まったく思えなくなってしまった。

もちろん書籍の編集者なので、最初から最後まで飽きずに読めるよう工夫している。本当に地味な作業。でも、本が売れていた時代は、編集者の、こういう、手首を返し返し行間に楔を打ち込んだり、原稿のブロックごと差し替えてモンタージュしたり、なんていう技能に意味があっただろうと思う。でも、もはや今、そこで勝負する時代じゃなくなった。

なので、自分の編集者として積んできた経験をいったんフラットにして、価値を複数化したいと思うようになった。これまでのルールを取り払って、たとえば本や雑誌のようなメディアにどんな可能性があるかを、ローカルメディアを通して問いたかった。それが僕がローカルメディアに興味を持った理由の一つである。http://book.gakugei-pub.co.jp/mokuroku/book/5541/mae.htm

実際、ローカルメディアを探す旅程にはかなりの意味があった。出版のオルタナティブであって、その世界は、ある意味ディグする場所だと思っていたけれど、全然そんなことはなくて、ディグするどころか、自分自身のあり方をディグされてしまうくらい可能性に満ちた世界だった(詳しくは上の本を読んでほしい)。

雑誌や書籍という、年収は最低レベルくらいだが、なぜか学歴が高い人たちが多い出版業界は、○○出版から本を出されたのですね、とか、○○先生が紹介している本ですね、という、権威主義が蔓延している世界。もちろん、山々の頂をスキップしながら社会を眼差す出版業界のあり方は他の職業にはない魅力があるし、編集とは、わざわざ裾野まで降りなくとも、世界を把握している気分になれる、ご機嫌な職業だ。

僕自身、じゅうぶんに味わってきた特権だ。それは本当に素晴らしいものだし、否定するつもりはまったくない。でも、権威からまったくかけはなれたところで、角のタバコ屋のおばちゃんや、浜辺で昆布を干してるおじちゃんに向けて、せいいっぱい、「出版」している人たちが、人知れず全国にいると考えてみるとどうだろうか。かたや、著名な先生方と毎夜飲み歩く日々が楽しい。かたや、老眼で小さい文字が読めないお年寄りを相手にするのに苦労する。どっちのほうが尊い仕事だろうか。

仕事に貴賎を問うつもりはない。でも、僕は今、後者の方が楽しくてしかたなくなってしまった。そもそも編集者なので、誰も評価していないところに新しい価値を見出すことが楽しい。あの業界の権威の誰かと、別の業界の権威の誰かが評価しているから、じゃあ出しましょうかね、なんていうことに面白みはまったくないし、それって、ただの権威主義に毒されているオールド出版人でしかない。

で、出版業界の端っこで著書を出させてもらえる幸福な立場にいて何を言ってんだ、というつっこみがあるとは思うけれど、そもそも「本」というブランドに抵抗感のある現代の若者にメッセージをリーチさせるのに、「本」しか手段がないのがまずいのではないか、と正直考えるようになってきた。なので、ブログなど一度も書いたことはないけれど、書くことは好きなので、noteを再開してみました。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

42

影山裕樹

ローカルメディアについてのあれこれ

ローカルメディアについて考えたもろもろの記事をまとめています。
2つのマガジンに含まれています

コメント1件

法人化おめでとうございます。とてもステキな社名ですね!これからも更新楽しみにしています。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。