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レールのない時代に、いかにして今を観察しつつ生きるか?

先日、アナザースカイでホリエモンこと堀江貴文さんが出ていて、なんとなく見ていたのだが、話の説得力がやばすぎて、早速、最近買ったばかりのiPadで堀江さんの『多動力』と落合陽一さんとの共著『10年後の仕事図鑑』を買って読んだ。

(こういうとき、電子書籍って便利だなと思う。自分の著書の電子書籍がないのがさみしい。届いた時にはポチったときほど思い入れもなく、積ん読されてしまう本がいかにたくさんあるか……)

もともとアートの仕事をしていた関係で、アーティストや関係者と呑んだり話したりする機会が多い。ここ数日も立て続けにそんな人たちと会って議論を交わしていた。奇しくもテーマは共通していて、キュレーションの技術とは何か? みたいなこと。それに対して僕も編集の技術とは何か? みたいなことで応答することが多い。でも今はオールドスタイルなキュレーション、編集にはみんな興味がなくて、むしろそれを成り立たせている(かつて、いた)制度のほうに関心が集まりやすい。

一方、アーティストになろうと考える人は、基本的に、社会のシステムから自由になることを求めて選ぶんだろうと思うのですが、「アートという自由さ」という定型にガチガチに囚われていて、他分野や社会で起きていることに興味がない人が多い印象がある。自由を追い求めるならばこそ、ホリエモンの言うような「多動力」を身につけ、様々な分野の技術をかたっぱしから触りながら、先の見えない未来にどんな変化が起こっても対応できるような準備をしておくことが肝要だろう。

いわば、ものまね士になったり召喚士になったり、ジョブチェンジを繰り返しながら、幅広いアビリティを覚えること。TOKIOが重機の免許を取ったりするようなものだ。アートは多様に見えて、単線的な歴史に収斂しようという欲望がうずまき、単一のクライテリアを作り出そうという欲望がうずまくアリーナだ。そんな閉じられた世界で、一つの職能に固執していると、レベル99のたまねぎ剣士にはなれても、魔法も使えないままで、結局ラスボスを倒すことなどできない。そんなことを、ホリエモンの本を読みながら考えるのである。

今まで作ってきた本を見渡すと、自分も「社会的に地位が確立されてない分野の職業」のノウハウについて興味があったのだな、ということに気づく。ローカルメディアや秘密基地のハウツーを作ったのはそういったわけだ。最近出した『あたらしい「路上」のつくり方』も、秘密基地の屋外版のようなもの。そんな新しい職能を掘り下げ紹介しながら、僕自身、少しづつそれらの職能についての知識を深めることができている。

赤瀬川原平さんが、路上観察学ー考現学の視線は、常に焼け野原から立ち上がるという旨のことを語っている。いまは第二次大戦や関東大震災後の焼け野原ではないけれど、社会システムの老朽化があらゆるところで露見し、一方でインターネットをはじめとしたテクノロジーが急速に進化している時代。荒野にスマホ一台持ってすべての人が投げ出されてしまった時代。これを焼け野原と言わずしてなんと言うべきか。

「自由さ」は呪いのようなものだ。そんな呪いを背負っている業界の権威は捨て置けばいい。自分で必要な技術を身につけ、業界のセオリーなど無視した表現を志向し、本当に自由になれている人たちをこれからも探し、観察し、真似していきたいと思う。


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影山裕樹

編集者、合同会社 千十一編集室 代表。著書に『大人が作る秘密基地』 『ローカルメディアのつくりかた』、編著に『あたらしい「路上」のつくりかた』『ローカルメディアの仕事術』などがある。山下陽光、下道基行とともに「新しい骨董」の活動も。http://sen-to-ichi.com

コメント1件

ホリエモン良いですよね。わたしと同じく十勝に住んでるみたいなので、突撃したいなと思っています。アーティストと飲む機会多いって話?似てて共感しました。今日も面白いnote更新してくれてありがとうございます!
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