タビノツヅキ

気が付くと、私は「そこ」に居た。
どうしてこんな所にいるのか、どのようにしてここに辿り着いたのか。
何も思い出せない、おかしな状況。
まるで気付かない内におかしな世界に迷い込んでしまったかのような。
けれど、私はそれに疑問を持たず、さも当然のように受け入れている。

不思議な感覚。
辺り一面を霧が包んだようなこの場所。
地に足が着かないような、ふわふわとした気持ち。

でも、それは当然で、なぜってそれは――
私の身体は今、実際に宙に浮いているのだから。

「不思議な世界に迷い込むのは、慣れてるつもりだったけど…」

流石に、空を飛んだ経験なんてない。
深い霧のせいで右も左もわからないのに、これじゃあ上と下までわからなくなりそう。

ともすれば一瞬で何もかもを見失いそうな霧の中を、私は道標もなしに迷わず進んでいく。
魚が泳ぎ方を知っているように、鳥が飛び方を知っているように。
普段通り何気なく歩き出すように、私は宙を舞う。

「景色が違ったら、もっと素敵だったかもしれないのに」

せっかくの浮遊体験も、この深い霧じゃあ台無しね。
なんて、そんな事を考える余裕がある自分に少し驚きながらも、私は前へと進んでいく。

この状況に驚いている私と、それを冷静に見つめる私。
この感覚をおかしいと思わないのは、私までおかしな事になってしまっているのか。
それとも――

「――――」

と、その時だった。
遠くから、何かが聞こえたような気がした。
今のはきっと、誰かの――

そう、これは、声。

「もしかして、誰かいるの?」

声に近付くにつれて、霧の向こうにも何かが見える。
それは、一人の少女の姿だった。

「ねぇ、あなたも…」
「…?」

話しかけた途中で、気付く。
これは幻だ。

こちら側が一方的にそれを見ている、幻。

幻の横を抜け先に進むと、また新しい幻が、声が、どこまでも私の前に現れる。
幻の見せる光景は一つ一つが違うけれど、共通しているもの、それは、一人の少女の姿。

その少女は、理不尽と戦っていた。
その少女は、母の為にと茨の道を進む。
その少女は、一人、ただ一人で暗闇の中を彷徨い続ける。

気分が悪い。

現実じゃない、ただの幻。
頭を切り替え目を背けようとするも、それらから目が離せない。
だって、その光景があまりにも――

他人事とは思えなかったから。

「ちょっと!ねぇ!」

我慢出来ずに私は声を掛ける。
幻に話しかけているみたいな空虚感。
それでも、と何度か繰り返すも、やはり声は届かなかった。

この子の傍にも「彼」が居てくれたら…
そんな考えが頭をよぎるも、私は先に進んでいく。

先へ進む度、幻は変化する。
変化していく幻を、私は追い続ける。

苦難の道を歩むその少女が、報われる光景を求めて。

もっと、もっと、もっと。

私の想いに答えるように、加速する私の身体。
どこまでも、どこまでも、前へ、前へ。

けれども、いくら進んでも幻が見せるのは少女の悲惨な姿だけ。
独り涙する少女の幻に、胸が締め付けられるように痛む。

その痛みが、私の心にブレーキを踏ませた。

これ以上先に進みたくない、なのに私の身体は止まらない。
私の意志に反して、どんどん前へ、前へ、前へ。進んでいく。

そっか。
この時になってようやく、気付く。

これって、前へ進んでるんじゃなくて――

――落ちてるんだ。

それから先は恐怖だけだった。
突然、宙に放り投げられたような。
どこまでも落ちていくような。
落ちる、夢。

深く、深く、深く、落ちていく。
どこまでも、どこまでも、終わりのない深く霧の中。
こんな時でも、見えるのは件の幻だけ。

堕ちていく、少女の幻。

前にも、こんな事があったような気がする。
知らないセカイに独り、頼れる人もなく、目の前が真っ暗になる、感覚。
けれど、その時は、確か……

そう、声が聞こえたの。

不器用だけれど、とても優しい声。
私を心配してくれた、励ましてくれた、背中を押してくれた。
あなたが居てくれたから、今の私がある。

暗闇の嵐の中、私は耳をそばだてる。
どんなに小さな声も聞き逃さないように。

「――聞こえた!」

微かに届いたその声を頼りに、私は手を伸ばす。
何度も呼びかけ合い、互いに互いを頼りに、ただ手を伸ばした。

手に何かが触れる感触。
離さないよう、お互いを必死に掴む。

「私の声が聞こえる?」

“聞こえるよ”

手の感触は確かに感じる、けれど……
この不思議な霧のせいだろうか、すぐ隣に居るというのにお互いの姿は見えないまま。

「あなたは、誰?」
「どうしてここにいるの?」

“彼女がここに居るから”

「彼女?」

彼の言う彼女。
それは、幻に映る少女だった。

「あの子の為に、こんな所まで落ちてきちゃったんだ」

私が聞いた声は、少女への彼の心からの言葉だった。
何度繰り返しても少女へは届かなかった彼の心の叫びが、けれど、私には届いたんだ。

「姿は見えるのに言葉が届かないって、つらいよね…」

“……君は、どうしてここに?”

「私も同じ……かな」
「もう一度、会いたい人がいるの」

この不思議な世界を訪れてから何度も現れる少女の幻。
そして、その少女を探す、彼との出会い。

「きっと、そういう事だったんだ」

私が「ここ」に迷い込んだ意味。
それがようやくわかった気がする。

「あなたの想いを、彼女に届けられるかもしれないわ」

“協力してくれるの?”

「もちろん」

「でもそれは、私一人だけの力じゃ駄目」
「大切なのは、あなたの心」

“…………”

「自信がないの?」

“何度語りかけても……ただ、見ていることしかできなかったから…”

「大丈夫」

唯一繋がる手をもう一度しっかりと、けれども、優しく握り直す。

「あなたがとっても真剣に考えてるって、頑張ってるって、私は分かったから」

“……ありがとう”

「心の自分を信じて」

心を。
私の心に彼の心からの想いを、願いをのせて、私は唄う。

独り暗闇に沈むあの少女へ、彼の言葉が届きますよう。
母を想うあの少女の未来が、暖かいものでありますように。
そしていつか、私と彼がこうして繋いでいるように、二人が手を取り合えますように。

歌声と共に、深い霧が晴れていく。
霧が晴れるように、意識が、徐々にはっきりとしていく。
私たちの身体が、ゆっくりと地に足をつく。

霧が晴れたそこは、劇場のステージの上だった。

“上手くいったのかな”

「それは、これからのあなた次第」

そう答えながらも、けれど、私には確信があった。

「あなたならきっと、あの子にとっての“彼”になれるわ」
「あの子のこと、よろしくね」

彼が力強くうなずく姿に満足すると、私は劇場の出口に足を向ける。
意識はもう、随分とはっきりしていた。

「そろそろお別れみたい」

“ありがとう、えっと…”

そう言えば、まだ名前も名乗っていなかったっけ。
彼の姿を、私はもう一度改めて見つめ直した。

「私の名前はね――」



目が覚めると、隣にはいつも通りの彼の姿。
そしてやはりというか、しっかりと手が繋がれていた。

「夢の中まで追いかけてくるとか、私のことスキすぎじゃない?」

形だけの悪態をつきつつも、それはお互いさまかと笑みが漏れた。
その手は繋いだまま、ゆっくりと彼の寝顔を眺める。
小さく詩を口ずさみながら。

自然と湧き上がってきたその詩は、カレンとウィルがもう一度、巡り会う歌。

「あ、起こしちゃった?」

どうやら起こしてしまったらしい。
少し申し訳なく思い謝ると、私の歌のお陰で目覚めがいいと返された。相変わらず私に甘い。そこがスキ。

“目覚め”と言われて、そこでふと気付く。
いつもはすぐに忘れてしまう夢だけど、今回は不思議と鮮明に覚えていた。

……もしかしたら、あなたが見せてくれたの?

すぐに思い浮かぶのは、今日という日付。
プレゼントにしてはちょっと、いやかなり刺激的だったけど、でも――

「アリガト」

小さく呟いたそれに、返事はなかった。
ここにあるのはただ、心地よい二人の時間だけ。

こんな時間がこれから先も、どうかいつまでも続いていきますように――


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※あとがき

拡張少女系トライナリー Advent Calendar 2018
12月9日は卯月神楽ちゃんの誕生日!おめでとう!!
今日という大事な日を担当出来たこと、本当に嬉しく思います。

僕が意識してSSを書き始めたのも、絵に挑戦するようになったのも、この「拡張少女系トライナリー」というセカイに触れたことがきっかけだったので、今回のカレンダー企画では2018の今の自分にかろうじて出来るその二つを全力で!という感じでSSに挿絵を付けるという自分的初挑戦をさせて頂きました。どちらも稚拙な内容ですが、お付き合い下さった方はありがとうございました。

この素敵な場を企画してくれたそぉいさん。
トラカレの内容の相談に乗ってくれた方。
この記事を読んで下さったあなた。
そして、毎日素晴らしい記事で僕含むbotさん達を賑わせてくれるこの企画に参加して下さった皆さんに。

いつまでも素敵なココロの旅を。ありがとうございました!

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